富士山
田口ランディの「富士山」を読んだ。富士山を巡る、短編4作が収録されている。
1.社会復帰プログラムでコンビニで働く、冨士山麓に修業道場を設けていた某新興宗教に在籍していた元医学部エリートの話。
2.それぞれにいろんな問題を抱える思春期の少年達が樹海で出会う出来事。
3.ゴミを拾ってきては自宅に山積みにし、近所から苦情の来る“ゴミ屋敷”の困った老婆「ジャミラ」と市の環境課職員の話。
4.幼い頃に母を亡くした体験から産婦人科の看護師になったものの、人工中絶の現実に挫折している主人公と、偶然の縁で富士山登山を目指す女達のツアー。
・・・といった、雑多な、でも全て富士山を核にした物語だ。
田口ランディは、偶然にも同い年の作家で、「別にドコも似てはいない」が、ドコか私の感性が同調するものを発している人。
「どこかシンクロする部分がある」ことは確かなようだ。(数年前に彼女の「ひかりのあめふるしま」を読んだ私は、ほぼ1ヵ月後には単身屋久島へ飛んでいた。「晴耕雨読」に泊まり、独りで山に入り、いろいろなことや人と出会った。)
この短編集の最後の作品「ひかりの子」の中で、末期ガンに侵された50代の女が、病気を隠して富士登山ツアーに参加し、生命を賭して登るシーンが描かれている。
「小林さん、戻ってください」 ←看護師の主人公
「まだまだ。がんばるがんばる」 ←末期がんの女
「そんなことしたら死んでしまう」
「まだまだ、がんばる、がんばる」
(・・・略・・・)
「行かせてあげなさい」
「どうして?」
「あの人には、あの人のやるべきことがあるのよ」
(・・・略・・・)
「行かせてあげなさい」と言った人は、臨月の時に通り魔に刺されて流産し、子どもが産めない身体になって、そのことが原因で離婚した女。
それにしても、「やるべきこと」って何だろう。これは、ここんところずーっと私が考え続けていること。それさえわかれば、スーパーサイヤ人にだってなれる気がする。
死を賭して登っている末期がんの小林さんは、
「すごいがんばりやなんですね。絶対に足を止めない」と言われて、
「はははは。それが私の業ね」と答える。
「そう、業。なんでもがんばっちゃう。ものすごく負けん気が強くてね、とことんがんばってしまう。そうやって、もっともっともっとって働いて生きてきて、気がついたら家族もバラバラで、それでガンになってた。
(・・・略・・・)私がやらなくちゃ。私が私が私が・・・・ってね。(・・・略・・・)
誰にも頼ろうとせず、なんでもかんでも自分で抱え込んで、私が私が私が・・・・・(・・・略・・・)自分ががんばってまわりの人間をみんなダメ呼ばわりしてきた。これが業。だからね、この富士登山は私のカルマ落としなの。最後の最後にとことんがんばって、もうこれで終わりにしようと思うのよ(・・・略・・・)」
重いなぁ。こんなことを書ける田口ランディ、凄すぎる。
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