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「途方に暮れて、人生論」

 芥川賞作家で数々の受賞歴のあるエラい作家さんの本なんだけど、小説はまだ読んだことがなくて、今回このエッセイ集がはじめて読んだ作品だ。Photo_16
 が、どうもこのヒトとは思考の系列が違うというか、言語系列が異なるみたいで、私のアタマでは内容がどうにも理解できない。
「こうこうこうだから、こうである」っていう論理の組み立てそのもので「え?なんでそうだったらそうなるの?」って感じなのである。
 それに、一読した感じではこの人はどうみても全然“途方に暮れて”なんかいないし、コドモ時代のことはともかく、今の自分にとても満足していて困惑することも別になさそうに思える。タイトルから想像するに、“他人と違う自分”をどうしようもなく持て余してる、、のかと思えばそんなこともないようで、むしろそんな自分を肯定できているようにしか思えない。うーん、この人はこの本でナニを言いたかったんだろう。

 ウエブサイトでふと読んだ、とある人の個人的な書評では「それほど長くないエッセイながらも、保坂が持つ小説家としての批評的知性が存分に味わえる。」などと書いてあるし、ユーザーレビューでも「保坂和志を読んでいると「あーこれでよかったんだ」って妙に安心する。癒しは共感から来て、どこかで漠然と思っていた事柄をすっぱり言い切ってくれる。さらに粘り強い思考がその先へと導いてくれ、ナビゲートされる安心感へひたれるのだ。 」なんてことも書いてある。

 だから、多分その「知性」が理解できない私のアタマが悪いんだろう。共感以前に、意味が理解できないんだから話にならない。形而上学が最上で、知識と教養のない人間は問題外、みたいな思想が見え隠れしちゃう部分で自分の教養のなさをひがんで、無意識に反発しちゃったのかな。それとも、図書館で借りたこの本の中に「本といったら借りる物だと思っていて手元に置かない人は、知識への愛が育たないし、当然身につかない」というくだりを発見して、身が縮んだのかも。(でも、本当にいいと思った本は借りて読んだ後にでも購入して手元におくけど・・。)トホホ、著者センセイ、こんなおバカな読者が御作を読ませていただいたりして、ホントにスミマセン。

  保坂 和志「途方に暮れて、人生論」
    草思社 刊
    2006年4月 第1刷発行

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