チベット情勢がよくわかる?篠田節子『転生』
久々に小説を読んだ。割と好きな小説家・篠田節子さんの『転生』。10年もの長きに渡って投獄された末、チベット訪問中に中国政府が用意した演説用原稿をあっさり無視して“不都合”な演説をした直後に謎の死を遂げたパンチェンラマ10世。歴代のラマと同様にミイラにされて、タシルンポ寺院に丁重に祀られたが(ここまでは事実)、なぜだかある日甦ってしまった。金箔で塗り込められたミイラの姿のまま寺院を抜け出し・・というトンデモ話なのだが・・
ミイラが甦るなんて“あり得ない?”
んじゃーさー、歴史ある独立国家に、いきなり隣国の軍隊が侵攻して勝手に支配を始めるなんてことが“あり得”ていいのか?
ダライラマによって転生児童と認定されたわずか3日後に中国政府に拉致されて行方不明のままになっている「世界最年少の政治囚」パンチェンラマ11世。当時わずか6歳の少年がそんな目に遭うようなことが“あり得”ていいのか?
侵略した国を核や毒廃棄物の廃棄場にし、汚染された地に暮らす人々や家畜が病に斃れ、異常なほどの奇形児が生まれるようなことが“あり得”ていいのか?
そんな思いで、この作家は思い切り荒唐無稽なキャラクターをつくり出したのではないか。そんなふうに感じながら読み終えた。
妙に人間ぽくてお茶目なミイラのラマとその一行が繰りひろげる突拍子もない冒険譚は小説としてはとても面白い。が、現実の不穏なチベット情勢が妙にリンクして、なんてタイムリーな作品!と思ったけど、よく考えると執筆されたのは去年の1月からなんだよな・・
パンチェンラマとは・・ココ!
それから、↓コチラのサイトへもぜひ!
★ダライ・ラマ法王の声明(2008年3月18日)
★『世界最年少の政治囚』パンチェン・ラマ11世救出キャンペーン
★ンガワン・サンドルさん、解放へ
『転生』
篠田節子 著
講談社ノベルス 刊
2007年10月 初版第1刷 発行
極にゃみ的には、この一冊によって“活仏”ダライラマ、パンチェンラマについて少し学んだし、独立国家だったチベットを侵攻した中国による抑圧、核汚染で病苦に苦しむ遊牧民、チベット高原における大規模な環境破壊・・について知ることができた。この作品で描かれているとんでもない出来事のいくつかは、多少シチュエーションが違っていても現実に起こっている出来事とそう違わない。だったら、苦難に満ちた波乱の人生を送り非業の死を遂げたパンチェンラマ10世が甦って人々を救済したっていいんじゃないのか?
篠田さんの辺境モノではブータンを舞台にした『弥勒』が印象的だったけど、この作品もそれを上回るインパクト。決して悲壮感漂うタッチではなくて、そこここにちりばめられたウィット溢れるネタに笑わせられる。
たとえば・・“日本の国営テレビ”の取材陣とラマのやりとりが面白い。
世界中をゆるがせるはずの大スクープを目前にしながら腰抜けな姿勢を見せるチーフディレクターの“海老沢”(!)に、いきりたったラマが叫ぶ場面・・。
「報道とは何のためのものだ」
「だから俺たちがやってるのは報道じゃなくてだな、日本のお茶の間に、古き良き日本を彷彿とさせる貧しくとも美しい山村や、歴史ロマン溢れる草原と砂漠の風景を届けるのが目的・・(略)」
そこへクルーの一人が割り込んで、ラマに言う。
「第一、あんたはもう死んでるからいいけどさ、俺らには日本での生活があるのよ。(略)ローン抱えて・・(略)」
ヒマラヤの名峰・シシャパンマを崩してインド洋からの湿った風が流れるようにし、砂漠を農地に変えようというトンデモ計画を進めている博士は、あろうことか核爆発によって山を崩すという。神をも畏れぬ所業を責めるラマに、博士が言い返す。
「最先端科学技術が引き起こした事故などというのは、科学技術それ自体に問題があったわけじゃない。ヒューマンエラーに過ぎない。それを愚か者たちは核が悪い、コンピュータが悪いとはやし立てる。もちろん何にしても、絶対はない。多少の汚染はあるだろうが、それによってもたらされる福音に比べれば微々たるものだ」
(略)
「豊かになるだと?毒の混ざった土、毒を溶かし込んだ雨で作った麦を食って豊かになるのか?」
「自分で食うバカがどこにいる。輸出して、外貨を稼ぐのだ」
「どこの国がそんな毒麦を買う?」
「色や匂いがあるわけじゃなし、安けりゃ買うやつはいくらでもいる。産地をブレンドして粉に挽いて饅頭(マントウ)や餃子にしてみろ。日本のメーカーが喜んで買っていくわ」
あまりにタイムリーすぎてぞっとした・・・
あり得ないよな“現実”と妙にリンクしているストーリー展開を読んでいると、もしかして今頃チベットでは、本当にパンチェンラマ10世がモモを食べながら「フリーチベット!」って叫んでるのかも・・なんて思ったりなんかして。でも、会ってみたいな、なんだかとても魅力的なキャラなんだもん。
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