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『カシオペアの丘で』

上下二巻の長編。子ども時代の星空の思い出、理不尽で悲劇的な事件、Kasiopea_2さびれた遊園地、ほろ苦い恋の思い出、近い未来に死が約束された不治の病・・・ロマンチックに、ドラマチックに、泣かせる要素がフルラインナップで波状攻撃を仕掛けてくる。心に深い傷を負った、“ゆるされたかった人たち”の物語。
泣くと言う行為は、心地よいカタルシスをもたらしてくれるもの。それが、実害のない小説や映画なら言うことはない。あー、いい感じで涙を絞ってくれる作品だった。

『カシオペアの丘で』
重松 清 著
講談社 刊
2007年5月 初版発行

少し抜粋してみる。

 もうすぐ終わってしまう命がある。それを見送る命がある。断ち切られた命がある。さまよう命がある。悔やみつづける命がある。重い荷物を背負った命がある。静かに消えた命もある。その命が消えた後の暗闇をじっと見つめてきた命がある。~略~

そんな、いろんな命の物語。
40歳を目前にした主人公の一人が、突然のガン宣告を受け、余命があとわずかであることを知る。自分の死が近未来に確定しているというのはいったいどういう気持ちになるものなんだろう。
「死刑囚の心理」について書かれた本を最近読んだけれど、それともまた違う状況なんだよな。時々ふと思い出される、若くしてガンに斃れたN.O.嬢のことがまたしても心の中に蘇る。
自死について・・生きるということについて・・いろいろ考えるけれど、自分の“死”だって確定された未来なのに・・どうしても想像が及ばないのは、自分が今は健康で、そしてそこそこに幸せだからなんだろうけれど。

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コメント

>自死について・・生きるということについて・・いろいろ考えるけれど

私も!!
最近、多い、自死。
3月に知り合いが…失恋の末に。
ああ~どうしてかな。
ぼろぼろになったって、すっからかんになったって、
生きてるだけでもうけモン。

事実は小説より奇成り。

投稿: はりせんりりー | 2010年10月 1日 (金) 06:30

ここ数年、周囲の人間がぽつりぽつりとあちらの世界へ渡ってしまわれるのに出合うのですが・・・

それは、この小説のようにガンであったり、
山の遭難であったり、
まったく事情がわからないままに鬼籍に入っておられたり。

そのたびに、いなくなった人を思い、
残された方を思い、
ひるがえって自分はと考え・・・

いったいナニやってんだか、って感じの恥多き人生ですが、“ムダな経験なんかない”という根拠のないポジティブさで厚かましくも生きてるわけです。

ツラい経験も、哀しい経験も、アホな経験も、恥ずかしい経験も、すべては学びの機会だと・・いや、学びの機会にできる、とノーテンキにも信じています。

けど、死んでしまいたいと思えるほどの恋愛って、一度でいいからしてみたかったかな~。(←過去形)

投稿: にゃみにゃみ。 | 2010年10月 1日 (金) 07:01

>死んでしまいたいと思えるほどの恋愛って…

性同一性障害…
綺麗な“彼”だった。
長い付き合いの末、結婚は目前という丁度その時、恋人に新しい彼女が現れ…“彼”は絶望から命を絶った。
4月には結婚して幸福な新婚生活を送っていると誰もが考えていた。
訃報を聞いたのは8月末の蒸し暑い夕暮れ…不条理な愛
だった。

色々な愛の形があるんですねweep


投稿: はりせんリリー | 2010年10月 1日 (金) 23:44

ちょっと前に、とあるバーで
「あっち」と「こっち」をトランスしてる人たちと出会って・・・
自由ですごいなーって思ったけど、ホントはたいへんなこともいろいろあるんだろうな。

大沼紀子氏著『ゆくとしくるとし』で、ミカさんが語るせりふがとても印象的なのですが。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2010年10月 2日 (土) 00:44

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