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『しがみつかない生き方』

『ハッピーなお金持ちになれる本』『幸福も成功も手に入れるメソッド』Photo『努力嫌いの成功法則』エトセトラエトセトラエトセトラ。目もくらむような幸福や成功をゲットするためのハウツー本が巷にはあふれているけれど、「ホントにそんなにハイレベルな幸せが必要なんですか?」「ふつうの幸せじゃダメなんですか?」という問いを投げかける一冊。

★恋愛がすべてって価値観やめようよ
★私が私が、という自己主張なんてしなくていいじゃん
★「生きる意味」なんてつきつめなくっていいじゃん
 …この本で説かれていることはすべて、私には何の違和感もない。

要はマスコミに“刷り込まれた”価値観にこだわってしんどくなるのやめようよ、って話だと思うんだけど。社会的地位やお金がなくたって幸せな人だっているんだし(私)、カレシカノジョや配偶者がいなくたってべつにさびしいと思わなくていいんだし(私)、経済的な、あるいは世間的成功なんてどうでもええやんか、なんて私が言うと負け惜しみにしか聞こえんか

『しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』
香山リカ 著
幻冬舎新書 2009年7月 初版1刷発行

極にゃみ的に面白かった部分をちっと抜粋してみる。

 努力したくても、そもそもそうできない状況の人がいる。あるいは、努力してもすべての人が思ったとおりの結果にたどり着くわけではない。これはとても素朴でシンプルな事実であるはずなのだが、まわりを見わたしてみるととくに最近、そのことを気にかける人がどんどん減っているように思える。
 それは、たとえて言えばこんなイメージだ。笑顔で誰かに、「がんばれば夢はかなうんですよ」と言われる。それに対して、こちらは真剣に「いや、がんばれない人、がんばっても夢がかなわない人もいるんです」と反論する。すると相手は、うなずきながら私の話を聞いたあとで、また笑顔でこう言うのだ。「努力さえすればどんな夢でもかなうんです」
 つまり、努力できない人や失敗して窮地に陥っている人がいることなど、世の中には最初から存在していないかのように扱われてしまうのだ。精神分析の用語では、この「なかったように扱うこと」を「否認」と呼ぶ。(P187)

 このようにして、社会は本当は偶然と幸運の結果、たまたまいまは成功している、あるいは成功しているかのように見える一握りの人たちと、彼らが「そんな人はいない」「うまくいかないのは自業自得、自己責任だ」と否認しようとする多くの成功していない人たちや絶望している人たちとで作られることになる。(P197)

 (略)そもそも、本当にマスコミに登場している成功者のような人生を、すべての人が歩む必要があるのだろうか。さらには、成功者たちは、本当に雑誌やテレビが報じているようなすばらしい人生、悩みなき生活を送っているのだろうか。そのあたりも考えてみる必要があるだろう。
 人生には最高もなければ、どうしようもない最悪もなく、ただ“そこそこで、いろいろな人生”があるだけなのではないか。だとしたら、目指すモデルや生き方がどれくらい多様か、というのが、その社会が生きやすいかどうか、健全であるかどうかの目安になると言えるはずである。(P201)
 
“多様な生き様”が(価値観の上でも)許容されることって重要だと思う。本書では「勝間和代を目指さない」ってキーワードが印象的だが、“現代的競争社会における勝者”じゃなくてもべつにいい。負け犬系って分類されちゃってもべつに気にしなくていい。

もうからん自営業者なんてものを長年やってると、「自分なんてべつに社会から必要とされてるわけじゃない」ってことは身に沁みてわかる。つまり「べつにいなくてもいい存在」ってことなんだけど、でも、それですねてみたってダレも助けてはくれない。
何もしなけりゃ必要とはされないんだから、自分で何かアクションを起こさないと。
  ・・・って、わかっちゃいるんだが。ハイ。がんばりまっす。
世の中の片隅で、ほんのささいなことでもいいから誰かの役に立ち、誰かに喜ばれる存在でいられるように。

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コメント

空を見るのが大好きです。
宇宙の営みの、無限の時空の中、
ここに一つの命を抱いて佇んでいる自分を
奇跡のように感じることができます。
スズメも、のらねこも、オオイヌノフグリも・・
一期一会、縁あって同じ時を生きているんだな・・と。
「幸せ」って、振り返って後から名づける総称なのかも。
こういうのを幸せって言うのかな・・
と感じる自分がいたとき、
それを「幸せ」と呼ぶのかな、と思います。
条件をつけるものでもなく、目標にできるものでもなく。
「君を幸せにするよ。」なんて言われたら、
「大きなお世話です」と言ってしまいそうな私。
んん・・原因はこのあたりにあるか!
言われたことないけど。  masakohan


投稿: | 2011年2月19日 (土) 00:42

モチロン(?)私も言われたコトないですけど、
>「君を幸せにするよ。」
なんてセリフ、それこそ“刷り込み”ですよねぇ。

まぁそーゆーのに酔っていいカンジになるひとのことを否定はしませんけど。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年2月19日 (土) 06:53

わたしも否定しません。
それはそれで・・流転の中の一場面・・。
「常夜灯」の青ねぎピザと聖護院大根のおでんで
酔っていいカンジになれる私と
お月様から見れば同じようなもんでしょう。
「一隅を照らす」
私が仕事をするときのスタンスはこれです。
手足を動かすことも、話すこともできない子の笑顔が
どれだけ人を幸せな気持ちにしてくれることか。
ええ仕事してますよ(笑)。
お金じゃないですよねえ。
欲しくないか、と言われると・・
まあ、そこは・・・
           masakohan

投稿: | 2011年2月19日 (土) 07:23

シアワセなんて、人の数だけありますよね。

作られた価値観にとらわれるな、それがたぶん本書の主張なのではないかと。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年2月19日 (土) 08:55

自分で考え、その結果を自分で引き受ける。
生きる醍醐味はそこにあるような・・
知らず知らず刷り込まれている自分を
警戒していたいものです。
山の中を歩いていると、リセットできますね。
これ、読んでみます。
            masakohan

投稿: | 2011年2月19日 (土) 09:15

山の中でひとりでうろうろしていると、
人間が勝手に作ったどうでもいい“しがらみ”みたいなものなんざーどうでもエエやん、ってコトを実感できますね。
そこが山の魅力のひとつであることは確かです。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年2月19日 (土) 09:28

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