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『ありあまるごちそう』

世界では120億人を養える食料が生産されているのに、毎日10万人が飢えで命を落とし、10億人が栄養失調。年間2000万トンのパンをごみとして処分している欧州某国は、その原料のほとんどを外国から輸入しているが、輸出側の国では2億人以上の人が栄養失調に苦しんでいるとか。
すべては合法的かもしれないが、何かしくみが間違っていて、我々みんなで、間接的に誰かを殺してはいないか?

Photoホントは映画を見たかったのだけど、行く機会がなかったので、本で読んでみた。

『ありあまるごちそう
 世界が飢えていくメカニズムがわかる』
エルヴィン・ヴァーゲンホーファー/マックス・アナス/共著
三田順/訳
武田ランダムハウスジャパン 刊
2011年2月 初版発行


すみません。以下、続きます。
↓↓↓ちと長いです。

ってワケで・・・

食品の廃棄量では決して負けていない日本だって、カロリーベースでの食糧自給率は39%(H22年度・農林水産省)。

“瑞穂の国”なのに、ナニかと引き換えに先祖伝来の大事な田んぼを放棄して、わざわざ化石燃料を使ってコメを輸入し、小麦も大豆も何もかも輸入に頼っている現状。それなのに、どこの街角にもあるファストフード店やコンビニエンスストアのバックヤードからは大量の、まだ食べられるのに廃棄しなければならない食品がゴミ箱へと運ばれている。


交配種のタネを世界中に売り込んでいるグローバル企業の種苗会社が、世界中の農業を牛耳ろうとしている。
彼らが「収穫量が増える」「見た目が美しく市場価値が高い」と売り込む品種は、自家採種ができないF1で、農家はいったんそれを導入したら毎年種を買い続けなければならなくなってしまい、いわば“依存”状態に陥る。
それらが増えるのに比例して、多様性のある在来種は絶滅の危機に瀕する。野生種の絶滅危惧は話題になっても、農産物に着目している人がどれくらいいるのだろう。


食糧生産が“工業化”するとろくなことがない。

大規模農園で大量に栽培される農作物には人工的な肥料や農薬が使われるし、遺伝子組み替えの植物が在来種と交雑したら、いったいどういうことが起こるのだろう?
工場としか思えない狭いケージで“一生陽の目を見ることのない”鶏、乳量を増やすための薬を与えられて乳腺が化膿してしまう乳牛、本来の餌ではない肉骨粉で肥育されて異常をきたす肉牛…生き物として扱われることなく加工されていくこれらの“モノ”を食べるということはどういうことなのか。


食肉用家畜のえさにする大豆を育てるために南米の原生林が開墾され、本来適していない作物を無理に育てるために大量の人工的な肥料や農薬が投下される。
肉製品を加工する際に出る大量の廃棄物が土壌と生態系を破壊する。
大型船による大規模な漁獲がいくつかの魚類を絶滅の危機に追い込み、特定の魚を大量養殖するために海水が汚染され、遺伝子操作されて通常の6倍にもなる不気味な巨大なサケが嵐をついて海へ逃げ出す…。

世界中で、なんとも言えず恐ろしい事態が、ほとんど“消費者”が気づかないところで進行しているようである。

『ダーウィンの悪夢』『Devour the Earth 』-もうひとつの不都合な真実を見て、非常に衝撃を受けたのだが、この本もまた同じくらい恐ろしい内容を扱っている。

機会があれば映画も見てみたい。
『ありあまるごちそう』
『フードインク』


TPPの問題も看過できないけれど…
極にゃみ的には、そもそも農業と工業はまったくべつのものであり、食糧を“工業”の手法で作ってはいけないと思っている。それは、農産物を育てる段階からそうであり、加工も流通も、ごく小規模の、究極的に言えば歩ける範囲でまかなえるのが理想だと思う。
人口が都市部に集中している現在、そんなことは不可能ではあるのだが・・・

都市に人が集中するから、大量の電力を作って膨大なロスを承知で遠大な距離を送電しないといけないわけで、だから原子力が必要、なんて話にもなるわけで。
大量の食糧が必要となるから工場で大量生産しないといけないわけで。
何かと集中させると何かあったときのリスクも高まるわけで。


そろそろ、ちょっと都市を見限って、みんなそれぞれ好きな地方へ分散すれば、いろんな問題が解決するんじゃないかと思うのだけど。

地方には、とても魅惑的なものがいっぱいある。
地域固有の食文化や伝統作物。日常的には、それぞれの地域での地産地消を基本にして、ときどき旅を楽しめばええやんか。

旅の大事な楽しみのひとつは、旅先の“食”。
食糧生産のグローバル化が進行すると、それらが失われてしまうことになる。

地方を旅しててがっかりするのは、全国チェーンの店ばかりが幅を利かせているようなところ。
逆にワクワクするのは、その土地に昔から伝わる固有のものを発見したとき。

信越地方で出会った「ねずみ大根」や「ぼたんこしょう」、福井の辛味大根越前大野“上庄”の里芋長岡でも豊かな食文化に出会った。
地域の住民が、地域固有の歴史や文化を大切にしている土地は、とても魅力的で、また行きたいと思ってしまう。そして、地域の人々からも活気が感じられる。

どの地方もそうやって元気になればいいのに。中央集中なんてやめて、みんながそれぞれの地元を大事にすればいいのに。
(10年ほど前、アイターンで首都圏から北陸へ移住した友人がいるが、なかなかいい選択だったんじゃないかな。)

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コメント

たやすくコメントするのも躊躇われるけど……。

今の世の中、いろんな覚悟が欠落しているんだと思います。
少しでも多くの人が、しっかりと自分の頭で考えて、自分の意見を持ち、自分の生き様に責任を持って生きようと覚悟してくれたら…。そしたら今よりちょっとは良い世の中になるのになあ。なんて思います。

投稿: K | 2011年8月13日 (土) 21:00

そうですね。

「いろんな覚悟」が欠落している私が言うのはなんですけど、もう少しだけ…

マスメディアがタレ流す情報を鵜呑みにするのではなくて、ちょっとだけ疑ってみるとか、信じたくない・認めたくない系のことも「ホントはどうなの?」って一度考えてみるくらいの姿勢は必要なのでは、と思います。

原発事故関連で、正常性のバイアス…がかかってしまっているとしか思えないことが多すぎて。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年8月13日 (土) 23:09

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