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『六甲』

山の大先輩に、昭和8年刊行という非常に貴重な書籍を貸していただいた。Sc00309

『六甲』
竹中 靖一 著
朋文堂 刊
昭和8年3月20日 発行

昭和51年に復刻版が出ているようなのだが、それすらすでに入手できるようなものではないかもしれない。事情があってあまり読まない間にお返ししてしまったのだが、興味深い写真もいろいろ。
Sc00311
ロックガーデン(B懸付近?)

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「石宝殿付近よりネコモリ谷・シノキ谷を望む」
 ・・・「おこもり」谷はかつて「ねこもり」谷だったのか。しかし「しのき」谷とは?

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「番所屋畑より六甲頂大山を望む」
 ・・・「番匠屋畑」が現在定着している表記だが、いろいろあったのかな。それとも変遷したのかな。
それにしても、山頂付近のこの禿加減よ。。。 

過度の伐採により、明治時代頃には全山が禿山で、天上寺・大龍寺付近以外はほとんど木が生えていない状態で、今から100年ちょっと前から緑化に取り組んで今に至っているわけだが、昭和の初期にはまだこんな状態だったんだ。
改めて驚いている。

また機会があれば改めてお借りして、じっくりと読んでみたい。
ちょこっとだけ前書きから抜粋しておこう。

岩が根の凝しき山に入り初めて山なつかしみ出でがてぬかも(万葉集巻七)

六甲の岩山へ遊んでいつも受ける感じは、このこころそのままである。げに六甲は愛すべき山である。全山あたかも大山脈の縮図の如く、小さい乍に前山をひかへ、堂々たるその山容は信越の山々を想はせる。

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コメント

へ〜!すごい禿げ加減ですね〜。
昔は禿げ山だったと聞いたことはありましたが、
この写真を見てびっくりしました。

山全体が万物相やロックガーデンだったのでしょうかね〜。

投稿: Fukuzo | 2011年11月24日 (木) 10:10

そうみたいです。

植物学者の牧野富太郎氏は神戸港へ向かう船の中から六甲山を見て
「雪が積もっているのかと思った」と書き残しておられますが、一部のエリアを除いて、ほぼ禿山だったんですね。
先人が着手し、100年かけてここまで蘇った緑の山。
大切にしていきたいものです。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年11月24日 (木) 10:20

うわー!コレ読みたいですねー。っていうか、昔のこういう六甲山の写真もっと沢山まだ存在するんですかね。調べてみたいっす!貴重な写真アップありがとうございました!

投稿: タク | 2011年11月28日 (月) 10:04

じっくり読みたいでしょう~。
(じつは某KeNコー社会長サマよりお借りしました。
今所用でお使いなのですが、またお借りできたらぜひご一緒に拝見いたしましょう。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年11月29日 (火) 17:48

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