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兵庫県山岳連盟「講演と山のスライドの夕べ」

毎年の恒例行事で40回を数える兵庫県山岳連盟主催の講演会へ。Dsc00303今年は兵庫県出身の世界的冒険家・植村直己さんを顕彰する「植村直己冒険館」の前館長、吉谷義奉氏をお招きしてお話を伺った。平成6年に15億円をかけて作られた施設だが、「日高町は人口2万人ですから、神戸や大阪ならお小遣い程度でしょうが…」ということで、地元の期待は大きいようだ。

Dsc00304コウノトリの飼育で知られる豊岡だが、「コウノトリの住める環境」を取り戻すことはすなわち「過去から受け継いできた大切なものを守る・引き継ぐ・失わない」という取り組みである、というお話から始まり、29年前に世界初のマッキンリー冬季単独初登を成し遂げながら、下山中に消息を絶った植村直己さんのエピソードをたっぷり聞かせていただいた。
どんな記録をなしとげたか、どれだけ偉大な業績なのか、という観点ではなく、その人柄や「人間力」に焦点を当てた内容。
ずば抜けた体力や精神力、そして行動力を備えた人であったのは確かだろうが、突出した才能を持っている人にありがちな尊大なところはみじんもなく、きわめて謙虚なお人柄であったらしい。館長に就任して以来、生前の植村と交流のあった多くの人から話を聞く機会を得たが、そのほとんどの人が、彼の偉業をではなく、人柄について語ったそうだ。

熱く、大きな夢を抱いて、それを実現するために生きるか死ぬかの局面に自分を追い込みつつも、常に周囲の人を思いやる心優しい一面がさまざまなエピソードに乗せて語られた。単独行が多かった点を、協調性がないせいだろうと思う人もいるようだが、チームを組んでの遠征も数々こなしている。
そんな中でも、周囲の人への気配りで印象的だったのは、日本人初のエベレスト登頂を目指した登山隊の中で、植村さんが第一次アタック隊に選ばれたときのお話。トップで順調に頂上直下まで達した植村さん、頂上の10mほど手前でじっと立ち止まっていたのだとか。パートナーの松浦輝夫がようやく追いついて「どうしたんだ?」と尋ねたら、「先輩、お先に登ってください」と初登の栄誉を譲ったそうだ。感動した松浦は、植村と肩を組んで二人同時に頂上を踏み、日本人初のエベレスト登頂の栄誉を分かち合った。
さらに、生きて下るためには体力的にもギリギリの状況にありながら、ベースのメンバーのために記念の石を、と小石を拾い集めて、ザックに詰め込んでいたそうだ。

ほかにも多くのエピソードが紹介されたが、最後に強調されたのが、
①人を評価するときに、学歴や世渡りのためのスキルで計らないこと。
②たとえいくつであっても、夢を持ち続けること。やりたいことを求め続けること。
③笑顔と元気が大切。
という、ウエムラ学からの3つの学びのポイント。まさにそのとおりだと思った。

で、
Dsc00308終了後は恒例の抽選会。神戸ザック、好日山荘、アルパインツアーサービスなど各社からの協賛品と、岳連役員提供のグッズ等がくじ引きで当たるというもの。あいにく見事に外れたが、Y野さんがご自分の賞品をくださった。神戸ザックさんご提供のミニポーチ。ありがとうございます。

Dsc003074月に某取材のオマケで同行させていただいてお目にかかった神戸ザック星加 弘之社長とも再会。そういえば、昨年度も神戸ザックさん提供のスタッフバッグをいただいて、現在愛用中なのであった。神戸っ子山ヤとしては、IMOCKのマークは誇らしいのである。

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コメント

ついつい 二人のコメントにのっちゃって
こっちでしたね

で ねーさんは何者なのですか?
単なるおやじの飲み助ではないのは確かです
もしかして・・・0073

投稿: あさやん | 2011年11月19日 (土) 12:51

あさやん…

0073とちゃうで。

0003…

その心は… ゼロゼロオッサン

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年11月19日 (土) 13:01

やっぱり 赤い糸で つながってる・・

投稿: やっすん | 2011年11月25日 (金) 12:06

やっぱり? きゃ

ところで、6mmダイニーマですかね?

投稿: にゃみにゃみ。 | 2011年11月25日 (金) 12:52

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