『私たちは、原発を止めるには日本を変えなければならないと思っています。』
季刊の総合誌『SIGHT』2011年夏号・秋号に掲載された、原発問題をテーマにしたインタビューをまとめた一冊。誌面では文字数の関係で削られた部分も改めて掲載。
各分野の専門性を生かしたお話はとてもわかりやすく、推進派と反対派のやりとりを見聞きしていてもなんだかすっきりわからなかったあれこれが「なるほど!」と腑に落ちる一冊。かなり分厚くて時間がかかったけど、読んでよかった。一読する価値のある本だと思う。
『私たちは、原発を止めるには
日本を変えなければならないと思っています。』
(株)ロッキングオン 刊
2011年12月28日 初版発行
飯田哲也 上杉隆 内田樹 江田憲司 開沼博
小出裕章 古賀茂明 坂本龍一 高橋源一郎
田中三彦 藤原帰一 保坂展人 丸山重威 和田光弘 著
インタビュー/渋谷陽一 兵庫慎司 川辺美希
『SIGHT』編集長の渋谷陽一氏による“まえがき”から
今回の原発事故に関してはいろいろな情報が流されている。
とても重要なものもあれば害あって益なしというレベルの情報も少なくない。どう読めばいいのか、どう判断すればいいのか。それは多くの日本人が戸惑っていることだ。僕たちもそうだった。そこで考えながら作ったのが2011年の夏号と秋号であった。原発問題に何十年もわたって取り組んできた方々のお話を伺っていくうちに僕たちの視界はどんどんクリアになり、はっきりした世界が見えてきた。残念ながら見えてきた世界はとても深刻な問題を抱えた、厳しい現実だった。しかし見えてしまった現実から目をそらすことはできない。まさに自分が生きているのがこの現実なのだから。
原発問題は複雑である。しかし同時にシンプルでもある。僕らは原発の持つ、一種の科学的合理性にもとづく効率化の幻想とともに走ってきた。しかし、それが幻想でしかないことを思い知らされた。その幻想を捨て、はっきり見えてきた現実と向き合わなければならない。だから問題はシンプルなのだ。それを複雑にしているのは、日本全体が幻想とともに走ってきたために、社会全体の構造が原発利権の上に成立してしまっているという事実だ。政治も企業も役人も学会もメディアも、そして司法までもがそうなのだ。その構造を明らかにしたいというのがこの書籍の編修コンセプトである。ここに掲載されているインタヴヴューを読んでいただければ、僕たちと同じように視界がクリアになってくるはずだ。同じことを書くが、そこから見えてくる現実はとても厳しいものである。しかし、この現実認識が共有されない限り、何も変わらない。
【コンテンツ】
■原発問題を抱える今の日本を、世界はどうみているのか
「ここで、フクシマ以前の日本にまた戻っちゃうんだったら、
僕は本当にもう見捨てるかもしれないですね、幻滅して」
坂本龍一/ミュージシャン
■電力をめぐる「政管業のコングロマリット」を壊すには
「今のような脱原発を曖昧にする政権が続けば、
原発は元に戻っていくと思います」
江田憲司/衆議院議員・みんなの党幹事長
■スリーマイルからフクシマまで、原発推進行政と戦い続けた30年
「政府・メディアの、原発が社会問題化しない構造は、
今も終わっていない」
保坂展人/世田谷区長
■電力会社と政治家・官僚は、どのように手を組んできたか
「経産省内で偉くなる人は、いかに電力会社と手を打つかと
いうことをうまくやってきたんですね」
古賀茂明/元経済産業省大臣官房付
■この国のアカデミズムと原発はどう結びついているのか
「東大という大学は、要するに日本国家の行政と
結びついてしか成り立たない大学です」
小出裕章/京都大学原子炉実験所 助教
■原発推進政策の中、自然エネルギーはいかに排斥されてきたか
「原子力発電というのは、国際社会では
もう終わっているものなんですね」
飯田哲也/NPO法人環境エネルギー政策研究所所長
■企業、行政、メディアと戦ってきた「元原子炉圧力容器設計者」の証言
「原子力推進側の倫理観が、危うい技術による原発というものを、
日本に増殖させる力になってきた」
田中三彦/翻訳家・サイエンスライター
■原発訴訟は必ず電力会社が勝つ、その仕組み
「日本の司法の独立というのは、最後の最後の段階に来ると、
なくなってしまう。やっぱり行政に追随しちゃうわけですよね」
和田光弘/弁護士・新潟第一法律事務所所長
■3.11以降の「今ここにある、そして加速度的に悪化していく危機」について
「我々は今、大本営発表の時代と同じ世界にいる」
上杉隆/ジャーナリスト・自由報道協会代表
■日本のメディアによる原発報道の歩みとは
「原発を止めることは、日本を変えることだと思うんです」
丸山重威/ジャーナリスト・関東学院大学法学部教授
■明治以降の日本近代化から追う「フクシマと原発、行政と原発」
「マジックワードとして“脱原発”って言っててもしかたない。
あるいは“原発推進”って言っててもしかたない。
関沼博/東京大学大学院学際情報学府 博士課程
■3.11以降、「日本の原発絵図」と「世界の原発絵図」はどう変わりつつあるのか
「今回の事故の原因が、原発の設計そのものに内在するという現実に、多くの人が向き合うことができないんです」
藤原帰一/国際政治学者・東京大学法学部・同大学院法学政治学研究科教授
■ウチダ&タカハシ、福島第一原発事故後の日本が歩む道を考える
「原発事故後の日本の“脱原発路線”は、ワシントンのご意向である
■ウチダ&タカハシ、「もう元には戻らない日本」での生き方を考える
「風の谷が、21世紀の日本のモデルである」
「我々は、腐海とともに生きるしかない」
内田樹/哲学者・神戸女学院大学名誉教授・武道家・凱風館館長
高橋源一郎/文芸評論家・作家・明治学院大学教授
一部を抜粋してみる。
藤原帰一氏 P309
「東京電力は、自由化、競争化という流れに対してはものすごく反発すると思いますけど、それをメディアが肯定的に受け入れることはないだろうと思います。これまでのメディアは、こと原発については既得権と結託して何も語らないという、いわば沈黙の陰謀の片棒を担いできたんですが、そこから一転して、政府や東電を袋叩きにすることで商売をする方向に変わると思います。また、原子力安全・保安院と経産省の関係について、電力行政を進める側と安全を図る側が一体となっている状況はおかしいんじゃないかという人がだいぶ増えましたから、この構造は維持できなくなってくるでしょうね。保安院が東電に、安全性についてやかましく言うようになれば、それに応えるためのコストがかさむ。ですから、緩やかに原発から動かざるを得なくなっていくと思いますよ。」
内田樹氏、高橋源一郎氏の対談から
P365
U「実際起きてる出来事ってさ、放射性物質の汚染とか、必死に隠蔽してるわけじゃない?その隠蔽工作が功を奏して、“大変なことが起きてるらしいけども、みんな、なんかのんびりしているから、ま、いいか”って。」
T「3・11から半年経って、もうみんな考えたくないと思ってるのかも」
U「放射線の被害についても、実際に子どもたちに発症例が出てきたら大騒ぎが始まるだろうけど、政府も自治体も学者も、そういうことは起きてほしくないと思っているわけじゃない。すると、主観的願望と客観的情勢判断がごっちゃになる。“悪いことは起きてほしくない”という願いが“悪いことは起きない”って断定に入れ替わっちゃう。“祈り”なんだよね、“判断”というよりも。」
T「そうだね」
U「被災者の人たちだって、何も起きてほしくないと切に願っている点では同じなわけでしょ。なんとか騒ぎが収まってほしい。“大騒ぎするほどのこと、なかったね”という結果になってほしい。その願いが現実的な恐怖や不安を押し戻しているような感じがする。風評被害にあってる農家の人が“そんなこと言わないで食べてほしい”って言うと、多少放射能汚染されたものでも食べたっていいじゃないかと思うじゃない。もうこっちもいい年なんだから。
福島第一原発の状態にしても、“もう、ニュースであんまり細かく報道しなくていいよ。原発のこと、少しの間だけでも、考えないでいたい”っていうのが日本人全体の思いなんじゃないかな。」
T「だから、今、厭戦気分だよね、完全に。“戦争”の長期化で、もう投げやりになってる気がするね。緊張感に耐えられないんだ。確かに今、放射能についてのリテラシーはすごく上がっていて、こんなに詳しい国民、世界中にいないよ。でも、これ、エンドレスな問題でしょ。」
U「うん。エンドレスだね。」
(中略)
U「でもね、実際にはこれから、どんどん危険なことになっていくと思う。衛生って尽きるところ希釈の程度の問題でしょ。デジタルなラインがあって、ここから上は危険で下は安全です、なんてラインは存在しないんだから。危険って言ったら、もう日本中ほとんど危険なわけでしょ。とにかくすごく危険なところからは避難したほうがいい。すごく危険なところに生活基盤がある人には、避難先での生活基盤を行政が保障しなくちゃいけない。でも、グレーゾーンの人たちには去るかとどまるかを決断できる客観的根拠がない。」
P356
U「僕は“反原発”の人だったけど、当時、反原発世論って、声小さかったよ。賛成か反対か聞かれれば“原発反対です”って言ってたんだけど、言語道断って感じだったね。“何を言ってんのおまえは?”って。まるで“反自動車”とか“反地下鉄”とか言ってるみたいな感じでさ。」
―ああ、そこですごい反射神経が機能したんだ、内田樹は。
U「だって僕、70年代から“これからは宗教と武道の時代だ!”“これから日本は農業に回帰すべきだ!”って言ってたんだから。いつでもアナクロ人間なの。」
T「だから原子力反対なんだね。」
U「うん。だって右肩上がりの経済成長なんか信じてなかったから。嫌いだった。意外に地面に近いんだよ、僕。だから、システムの上に乗っかって暮らすのが好きじゃないの。地面の上に裸足で立って、自分が知ってる人が作ったものを食べて……そういう生活じゃないとほんとは不安なんだ。記号的なものの上に乗って暮らしていると、だんだん生命力が衰えてくる感じがする。
武道を長くやってるせいもあるんだけど、身体って一番身近な自然でしょう?どんなに都市化が進んでも、自分の生身という自然からは逃れられない。ほっときゃ汚れるし、病気するし、傷つくし、老化するし、いずれは死んで腐乱して、バクテリアに食われて分解してゆく。そういう生々しく、意思の統御に服さない自然を抱えて生きているわけでしょう。だから、僕は自然の上に軸足を置いているほうが落ち着くの。身体という自然を基準にして生きていると、記号的で抽象度の高いシステムのうえに生活基盤を置くのが、息苦しくなるんだ。
都市生活ってほんと記号的だなというのを一番感じたのがバブルのとき。みんなが不動産とか株やって、お金儲けしてたでしょ。」
T「すごく抽象的なことやってんだよね、存在しないものについて。」
U「そう!“電話一本で貯金通帳の数字が増えていくんだよ”って言うから、それおかしいよって言ったんだよ。高校のクラス会で。“お金って額に汗して稼ぐものだろ”と言ったら、満座爆笑なの。“内田、そこに金が落ちてるんだよ。しゃがんで拾えばいいだけなんだよ。なぜおまえは拾わないのか”って。でも、そんなことしちゃったら、労働することの基本的なモチベーションが穢されるような気がしたのね。誰も理解してくれなかったけど。
P383
U「今の日本で、国土の保全と国民の健康を最初に考えて、それだけを祈ってる人、天皇家しかないもの」
T「そうだね。だって今、一番ラディカルなリベラリストは天皇家だもん」
U「日本国憲法を遵守して、9条も大事にしてるしさ。でもほんと、3・11からあと、天皇の政治的プレゼンスって、上がったよね。だって、さっきも言ったように、いろんな人たちの利害がからまっているせいで、さっぱり前へ進めないわけでしょ。そういうのを全部削ぎ落として、純然たる日本の国益とは何かってことを考えてる人って、天皇しかいないんじゃない?」
T「そうなんだよ」
(中略)
U「原発問題で、日本の統治者は、国土保全よりも国民の健康よりも、経済を優先したことがはっきりしたからね。日本人はこれによって深いトラウマを負ったと思う。」
T「うん。馬渕、野田、海江田が文藝春秋で言ってる“現実主義”って、お金の話だからね。“脱原発はいいけど、でも、お金どうすんの?”って。それが最初に来ちゃうのね。すごくずれてることに気づかない。」
U「“現実とは金のことである”っていうイデオロギーからいい加減脱却しなきゃダメだよ。そのイデオロギーがこんな事態を生み出したんだから」
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