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『大台ケ原山 知られざる謎』

大台ケ原山は、大正初期から東大台で大規模な森林伐採が始まり、Photo貴重な原生林が荒らされたところへ、昭和34年の伊勢湾台風、36年の第二室戸台風の直撃を受けて、正木ヶ原をはじめ、尾根筋の巨木群が根こそぎ倒された。そのため大台ケ原特有の植生が変化し、植生の変化は動物の生態にも影響、カモシカの安住の地はニホンジカに取って代わられた。さらにドライブウェイでやってきた観光客がシカに餌付けをしてますます増殖。樹皮を食い荒らして木々が立ち枯れし…という深刻な悪循環に陥っている。また、2004年9月の台風21号による被害で、全長14kmの登山道(宮川第三発電所~日出ヶ岳)がすべて通行不可能に。
著者は「自然界の再生と復活の時間が必要だと大台山神が定めたのかもしれない」と書いているが…。

『大台ケ原山 知られざる謎』
新人物往来社 刊
大川吉崇 著
2011年9月 初版発行

巻末の「大台ケ原山への思い」から抜粋。

大台ケ原山のこの著は、私自身の興味を語ったものである。だが、子どもや孫たちに、不思議で素晴らしい自然界の存在を心の奥深く、受け継いでほしいとの思いもある。大台ケ原山の山域に関わった人々の、一種独特の共生と循環、再生と復活に基づいた自然観や宗教観である。
 そこに日本人のアイデンティティの源流が文化として継承されていることに気づいてほしい。次の世代にそこを受け継げるものにもしたいといったほうが適しているのかもしれない。しかし、少し気を抜けば変容する世界であることも語り継ぎたい。
(中略)
とにかくこの大台ケ原山は、「神仏と自然と人間」の「過去・現在・未来」の時空が織り成すところである。大台ケ原山の宝はそこにあると私はとらえている。


また、本書は4つの章で構成されている。
1.松浦武四郎と大台ケ原山
 伊勢の国生まれで諸国遍歴の旅をし、とりわけ蝦夷地探索で名高い松浦武四郎が、晩年(67歳から)“魔の山”と恐れられていた大台ケ原山を目指した経緯について。※1

2.古川嵩と大台教会
 松浦武四郎が歿した3年後(1891/M24)に大台ケ原に入り、修行の場として大台教会という神道系神社の社殿を建設。62才の時に自らの半生を振り返って語った内容をまとめた『世界乃名山―大台ケ原山』、併集『大台ケ原山と大台行者』に詳しい経緯が書かれている。※2

3.大台ケ原山の隠れた背景
豊かな海の幸を産する熊野・尾鷲と、奈良・吉野の間は交易が盛んで、いくつかの街道があったが、さまざまな怪異が伝えられ、大峰の修験道者ですら大台ケ原には立ち入らなかったという。
人々が立ち入らないようにしたのはじつは意図的なもので、隠し財源となりうる鉱物を産したのではないかという説が紹介されている。※3

4.大台ケ原山で語り継がれる伝承
著者が大台教会二代目の田垣内教長から聞いた夜話などをまとめた章。
①一つたたら
身の丈3m、一つ目で頭から背中にかけて笹が生え、旅人の生き血を吸うという一本足の化け物。「果ての20日」に山から降りてくる。
②猪笹王
湯の峰温泉に訪れた山伏がじつは天ヶ瀬の猟師に撃たれて死んだ猪の亡霊だったという伝説。
③笹馬
源義経が吉野から落ち延びるときに大台ケ原を通ったが、伴っていた名馬が山歩きには足手まといと捨てられて、恨みから怪性笹馬と化した。
④片腹鯛池
吉野から伊勢へ抜けようとした義経一行が、山頂の正木が原で塩干しの鯛を取り出し、半身を食べて、残りの身で先の無事を占うことにして、「汝もし生あらば印を見せよ」と片身の鯛を地面に落とすと、鯛の形の池を残して干鯛は池の底に没した。
⑤神武天皇伝承
神武天皇東征にまつわる伝承があれこれ。吉野川の上流に来たところ、井戸の中から尾の生えた人が現れた、など。
⑥動物にまつわるエピソードあれこれ
古川嵩が単身修行をしていた頃にはまだオオカミがいて、2匹のオオカミと親しくなり、後日べつのオオカミの襲撃を受けたときに身体を張って守ってくれたとか。

※1
近代登山の黎明期である明治末期に出版された『日本山嶽志』(本格的登山家のための山岳案内書)には、「登路未詳」とある。
大台ケ原山の登山記録を綴った『乙酉掌記』の中で
山行に先立つ情報収集によると、「大台山は、人跡未通、土地蛇蝎多しと聞。」「役の小角、行基、空海も不入錫域」で、屈指の山岳修行者でさえも立ち入らなかった山域だと伝えられている。
武四郎が初めて大台ケ原山に登ろうとしたときのことを「優婆塞(うばそく)も聖も未だ分けいらぬ 深山の奥に我は来にけり」と書いている。この時の登山は、明治18年5月のことで、吉野から入山。

※2
Dsc01018古川嵩は岐阜県郡上郡出身で、15、6歳くらいから木曾御嶽神に祈願し、十幾回か大峰山で修行。そのときに、大台ケ原の山並みを遠望し「我開くべき山は大台ケ原」と心に決めたとか。
大峰で修行する一方、山間の村々で大怪我をした里人に回復祈願を行なって治して「不思議の行者」と呼ばれたり、危篤状態の悪性熱病患者の平癒を請われて大鎮祭を行い、「実利(じつかが)行者再来の生き神」と言われたりもした。

※3
街道の峠の一つ、標高991mの伯母峰峠は、「果ての20日」と呼ばれる12月20日だけは通ってはいけないとされ、この日大台ケ原山から「一つたたら」「猪笹王」という魔物が降りてくるという伝承があった。
中央構造線が通るこの地域は、水銀をはじめさまざまな鉱物を産し、精錬が行なわれたことと、「一つたたら」などの伝承は関連しているのではないかという推測も。

また、大台ケ原の牛石ヶ原に伝わる説話として、神武天皇東征の際、熊野からヤタガラスに導かれて熊野川を遡上し、「天皇親しく土卒と共に難険を冒させ給ひ、山路を踏みわけ、荊棘に傷つかせ給ふた御手をこの原にある池に洗はせられたが、その池は今も“御手洗ひの池”として残っている」と『世界乃名山』で紹介している。山頂の牛石ヶ原の神武天皇銅像が立っている岩が“御輿懸けの岩”で、今も「越し掛け岩」と呼ばれているとか。

その他極にゃみ的に響いた箇所を少々抜粋。

P113
 嵩は、自らを回想して、「霊験と云うか、信仰と云うか、迷信の極地と云うか、とにかく神変不思議の気は、信仰の力によって生じるものであらねばならない」と語っている。これが嵩流の効験の求め方である。一方、嵩は、大台ケ原の魔界について、「奇怪、悪魔、鬼神、それら諸々の物象は、皆己の心より生むもの。世に奇怪なし、悪魔なし、鬼神なし、大悟せよ」との見方をしている。そこには、一部の呪術的効験を高める行者のようなまがいの一面はまったく見られず、純粋な修行者嵩の姿を見ることができる。

P114
 空海がそのむかし高野山の地で、「南山の松石は看れども厭かず、南嶽の清流は憐れむことやまず、浮華名利の毒に慢ることなかれ 三界火宅の裏に焼くることなかれ 斗藪して早く法身の里に入れ」(『空海』宮坂宥勝著)と詠んだ文が『性霊集』に収められている。まさに都の生活から遠く離れた奥深い高野山での生活だが、松の大樹や巨岩の大自然の景観は毎日眺めていても飽きることがない。山域の水の流れは趣があって、私の修禅の道を充実させてくれると詠んだものである。
 嵩は大台ケ原山での感動を、「賛嘆の念は、はるかに蒼天と大地とに遠く深く沁み入り、“人”
と云う一粒の生物があって、天地を劃(かく/割る)する高所の頂に立って、壮大無限の景色を眺めているといふのではなく、唯だ天地におのずから気の通ずる一粒の魂がこの雄渾無限の気に浸され恍惚として存在していると云ふような神秘が流れてくる」と述べている。次代は違っても、空海も嵩も、同じ紀伊半島の大自然の山中で得た感覚であり、まさに同じような自然観を体感している。
 嵩は、冬山での二回目の修行を大切に考えた。その決意は並々ならぬもので、「生還して里人を喜ばすか、死んで私一人の本願の成就に喜ぶか、其は大台山神の御心のままに委ねる」と、自然崇拝の信仰心そのものの境地に達しての入山だった。
(中略)
 嵩は、自らが大台ケ原山の自然界で得た「万物は聖なるものであり大自然即神」とのとらえかたを根本としている。すなわち、大台山神と宇宙の一体化の元に人々は生かされているという思想と信仰が後半の生涯に貫かれている。嵩が開いた大台教会の教理は、そこに結びつけられているはずである。だが嵩は、神習教の元に、教理のみならず戒律や壇、そして祭祀する神々までその教団に従っている。

P88
 ことに大台ケ原山の森は深く、大自然界の優しさと雄大さ、そこに脅威が重なり合って人間の関わりを拒んできたことも確かである。それだからこそ、大台ケ原山や大峰山脈は多くの動植物を守り、日本狼ですら他の地方のどこよりも長く生き残ることができた。

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コメント

大台ヶ原と言えば思い出すのが、我が母校「天○大学ワンダーフォーゲル部」の「カモシカ山荘」。

山登りを始める遥か昔、朝まで飲んだ後に仲良しのワンダーフォーゲル部員に連れられカモシカ山荘を目指したものの、ものの1時間でギブアップ(T-T)

いつかリベンジしたいもんですなぁ(´-ω-`)

投稿: 銀杏 | 2012年3月16日 (金) 23:37

サスガ地元大学!ええトコに小屋持ってるんやね。
明神平にもあるしなー。ええなー。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2012年3月17日 (土) 07:24

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