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『邪悪なものの鎮め方』

久しぶりに、読んでいてぐぐっとテンションアップするようなJaaku面白い本に出会った。神戸女学院大学の名誉教授で、思想家としても知られている方だが、著書に触れるのは初めて。前書きからすでにココロわしづかみ状態。
以下、「まえがき」の極にゃみ的要約。

「邪悪なもの」とは、悪魔とか吸血鬼とかゾンビとかジェイソンとかが跳梁跋扈している状況ではなく、常識的な理非の判断や生活者としての倫理が無効になる状態、「どうしていいかわからないけど、とにかくえらいことになっている」ような状況を指す。
その邪悪なものを鎮めるために著者自身が見つけた答えは、
『ディセンシー』(礼儀正しさ)、『身体感度の高さ』、『オープンマインド』の3つ。


『邪悪なものの鎮め方』
内田樹 著 
バジリコ株式会社 刊
2010年1月 初版発行

内田樹の研究室

さて、邪悪なものとは何か?
暴力そのものより暴力的なもの。暴力は確かに人を傷つけるが、たかだか人間の身体を損傷する以上のことはできない。もし、暴力の行使に合理性があるのなら、予防し回避し、あるいはクールに耐えることだってできるが、「暴力的なもの」=邪悪なものは、何の合理性もなく、その「邪悪なもの」がどうふるまうのか、事前に予測することも、事後に合理化することもできない。その事実が人を深く強く混乱させる。身体的な傷は時間が経てば癒えるが、邪悪なものによってつけられた傷、つまり「世界には条理があるはずだ」という素朴な信憑を切り裂かれた傷は自然には癒えない。

「のろい」とは何か。第2章「邪悪なものの鎮め方 呪いと言祝ぎ」から抜粋してみる。

P148
モラルハザードというのはマルチ商法と似ている。
 自分はつねに「騙す側の人間」であり、決して「騙される側の人間」にならないという前提に立てば、マルチ商法は合理的である。騙される側の人間が無限に存在するという前提に立てばこの推論は正しい。(中略)
 今回のようなモラルハザードは「ルールを愚直に守る人間たちが多数派である場所では、ルールを破る少数派は利益を得ることができる」という経験知に基づいている。だから、ルール違反をした本人は彼以外の人々はできれば全員が「ルールを遵守すること」を望んでいる。そうであればあるほど利益が大きいからである。(中略)

「自分のような人間」がこの世に存在しないことから利益を得ている人は、いずれ「自分のような人間」がこの世から一人もいなくなることを願うようになるからである。その願いはやがて「彼自身の消滅を求める呪い」となって彼自身に返ってくる。
 何度も申し上げていることであるが、もう一度言う。
 道徳律というのはわかりやすいものである。
 それは世の中が「自分のような人間」ばかりであっても、愉快に暮らしていけるような人間になるということに尽きる。それが自分に祝福を贈るということである。
 世の中が「自分のような人間」ばかりであったらたいへん住みにくくなるというタイプの人間は自分自身に呪いをかけているのである。
 この世にはさまざまな種類の呪いがあるけれど、自分で自分にかけた呪いは誰にも解除することができない。
 そのことを私たちは忘れがちなので、ここに大書するのである。
 2008年1月19日

第3章「正気と狂気のあいだ」 霊的感受性の復権
P156
 先日、ある新聞に宗教について書いた。その中で「『超能力』や『霊能力』のようなものは確かに存在する」と書いたら、科学部の編集委員からたちまちクレームがついた。「と思う」を付け加えろという。
 ふだんなら「あ、いいすよ」と気楽に応じるのであるが、このときはなにか「かちん」と来たので、断った。「と思う」を入れろというなら、原稿はボツにしてくれと申し上げた。
(中略)
「そういう能力が存在する」ということを前提としないと「話のつじつまが合わない」事例があまりに多い場合には、自然科学の骨法に倣って、仮説として「存在する」ということにして私は話を進めているのである。
(略)
「超能力」とか「霊能力」と呼ばれる能力は現に存在する。ただ、私はそれを別にそれほどスペクタキュラーな能力だと思っていない。潜在的には、そのような能力は誰にでもあり、それが開花するきっかけを得た人において顕在化しているということだと思っている。

第5章「愛神愛隣」共生の時代に向かって
P282
 (略)「私たちの不幸のほとんどすべては『金がない』ということに起因しているから、金さえあれば、私たちは幸福になれる」という「金の全能」イデオロギーである。
 このイデオロギーにもっとも深く毒されているのはマスメディアである。メディアはあらゆる機会に(コンテンツを通じて、CMを通じて)視聴者に「もっともっと金を使え」というメッセージを送り届け、その一方で非正規労働者や失職者がどれほど絶望的な状況であるかをうるさくアナウンスして「消費行動が自由にできないと人間はこんなに不幸になるんですよ」と視聴者を脅し続けている。メディアは「金の全能」を、あるときは「セレブ」の豪奢な生活を紹介することで、あるときは「失職者」の絶望的困窮を紹介することで繰り返し視聴者に刷り込んでいる。
(中略)

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コメント

内田せんせーの著書は「日本辺境論」がヒットしたときに読んでみようかと思ったのですが、
ブログですら、分からない言葉だらけで隣に辞書サイトを開いていないと読めないほどの語彙力のため、あきらめました

にゃみさんのこのエントリーを読んでて「お!面白そう!やっぱ読んでみようかな?」と思ったのは、やはり最初だけでした

なんというか…アタシには無理や~(´∀`;)

投稿: タマスケ | 2012年3月 8日 (木) 21:05

いやー、けど、ホントに面白かったよ。
とりあえず図書館で借りたけど、これは買い!です。
この本一冊持って、あてどのない列車の旅にでも出たいな。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2012年3月 8日 (木) 21:13

あてのない列車の旅だと、きっと、にゃみさん、飲んだくれて無限地獄とかに陥っちゃうから、おウチで美味しい紅茶でも淹れて読んだ方がいいと思います

投稿: タマスケ | 2012年3月 8日 (木) 22:12

うーん・・・

確かに、読書より飲んだくれる可能性が高いな…
あとにオシゴトない移動だと、発車=缶ビールぷしゅ、がお約束やし…

旅先のゴージャスなリゾートホテルで… なワケはないわな。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2012年3月 8日 (木) 22:24

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