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『東京プリズン』

単身、アメリカメーン州の極寒の街に留学させられた15歳のTokyo_p_3少女「マリ」と、30年後の45歳の「私」。高校生ばかりで森へ狩りに行ってしとめたヘラジカや、森の王である「大君」、ベトナムの美形の結合双生児、母、祖母… 「マリ」と「私」の意識が、夢と現が入り混じる中、奇妙に交錯しながら綴られていく不思議な物語。

留学先の高校の授業のひとつとして、天皇の戦争責任を論ずるディベートが行われる。母国語でない言語で、経験のない「ディベート」という場で、よく知りもしない戦争や天皇制のことを述べなければならないというシチュエーション。日本人にとって戦争とは、天皇とは、東京裁判とは何なのか、ということが語られていく。

『東京プリズン』
赤坂真理 著
河出書房新社 刊
2012年7月 初版1刷発行

極にゃみ的抜粋。

P68
 私たち日本人は漂泊の民ではないだろうか。というより、故郷と自分の心身を、自ら切り離した民なのではないだろうか。だからこんなに国土を切り刻んでお金にできるのだ。お金は、殖えもすれば消えもする。風景は、消えたら戻ってこない。

P190

南北戦争(=アメリカにおけるドメスティック・ウォー)で多くの犠牲を出した1863年のゲティスバーグの戦いのあと、リンカーン大統領がゲティスバーグの激戦地を国立墓地にする式典で行った演説が、有名な『peopleの、peopleによる、peopleのための政府』である、というやりとりのあとの会話

「桁外れの死者が出ると、その死には目的があり、その目的は崇高なものであると言わなければ、人の心がばらばらになってしまう。個人の心も、集団の心も。ゲティスバーグは南北戦争の分水嶺みたいなものだけど、アメリカ合衆国はまだ勝利を収めたわけじゃない。みなが、大量の喪失を乗り越えて、その犠牲に値するだけのことをなしえなければいけない、とpeopleに思わせる必要があったんだ」
「でもそれってただの言葉では?」
「人は自分を支える物語なしに生きてはいけないんだよ。それはつまりは、言葉だ(略)」

P431 TENNOUの定義についてマリが語る部分
「神にあらず、人にあらず、神の御言葉を取り継ぐ者だったもの。同時に幾多もいたであろう人。普通の人。したがって、すべてが神であり人であり神の御言葉を取り継ぐ者なのだと、古い日本人は知っていたのではないでしょうか。肉にして霊、霊にして肉、それが自分であり、のみならず万物であるという」

P432
「あなたたちは唯一の神を信じていない」
「それが本音ですか?だから私たちは排除されてもよいのですか?唯一の神が宇宙を創ったのではなく、神が自分を創ったのがこの宇宙である、と私は理解しました。私の生まれ故郷、この土地の森、動物たち、すべての助けを借りて、私はそう理解しました。だからすべては神の顕れであるのです。TENNOUがおそらく特別な存在ではないというのも、この意味によります(略)」

「私は神学論をするためにここにいるのではない!戦争の話をしているのだ」
 スペンサー先生が言った。
 私は応えた。
「いや、神の話なのです。徹頭徹尾、神の話なのです。人は神を必要とする。人は神を利用する。でなければ人など大量に殺せない。私の神は特別で、私のほうが彼より神の愛を多く受けている、そう思わなければ。私が神の話をするのは、『神の名のもとに戦争をする』という愚を人類が繰り返すからです。神の名のもとに戦争をするのは最悪だ。人が、人を殺すということに対して持ちうる歯止めを、なくしてしまう。しかし戦争の規模が大きくなるほど、人は人以上の何かを持ち出さなければまとまれないことを知ってしまった。神の名においてでなければ、奴らはちがう神を信じているという理由でなければ、あなた方は原子爆弾を、同じ人の子の上に落せたのですか?同じ人の子を、何万人も、一瞬にして蒸発させられたのでしょうか?同じ人の子なのです、同じ人の子なのです、ちがう神の子なのではない。みな神の子なのです」
「あれは、戦争を止めるために必要だったことだ。そうでなければ、日本を戦場として、両軍にさらなる犠牲者が出たであろう」
「だから私たちをより大きな犠牲から救ったのだと?礼を申し上げますが、ならばポツダム宣言発令の段階で原爆投下まで決めていたのはなぜですか?裏事情は、議会を通さずに使った膨大な予算だったから、使って威力を示さなければならなかったのではないですか?」
「・・・・・・そんなことはない」
「それではあなた方に訊きますが、東京大空襲はどうです?日本人は、関東大震災と第二次世界大戦を、似通った風景として記憶しています。それもそのはず、東京大空襲は、関東大震災の延焼パターンを研究して、どこをどう燃やすと効率的に東京を焼き払えるかを知って、それを実行したのです。民間人の住まう地域を、戦略的に焼く。どのように言ってもどのような大きな目標や高邁な理想があろうと、それそのものは、国際法違反でありますね?」
(略)

P436 マリが“TENNOU”の言葉として述べる部分
「(略)積極的に責任を引き受けようとしなかったことが、私の罪である。たしかに私は望んでトップにまつりあげられたわけではなかった。担ぎ上げられたとも言える。が、それは私がこの魂を持ちこの位置に生まれついたのと同じ、運命であり、責任であったのだ。巡りあわせであり、縁あって演じることになった役割だ。それには私の全責任があるはずであった。戦争前に、戦争中に、そう思い至らなかったことを悔いている』」
 長い“台詞”を言い終えた。
「・・・・・・『この魂を持ちこの位置に生まれつく』とはいかなることか?」
 スペンサー先生が訊く。
(略)
「たとえ困難でも、泣きたくても逃げ出したくても、肉体を持ってある位置に生まれついた以上、全うすべきことがある気がしただけです」

「私は勝てません。知っています。あなた方の力(パワー)の前に屈するのです。東京裁判が、万が一にも私の同胞が勝つように作られていなかったのと同じです。(中略)
『私たちは負けてもいい』とはいいません。でも、負けるならそれはしかたがない。でも、どう負けるかは自分たちで定義したいのです。それをしなかったことこそが、私たちの本当の負けでした。もちろん、私の同胞が犯した過ちはあります。けれど、それと、他人の罪は別のことです。自分たちの過ちを見たくないあまりに他人の過ちにまで目をつぶってしまったことこそ、私たちの負けだったと、今は思います。自分たちの過ちを認めつつ、他人の罪を問うのは、エネルギーの要ることです。でも、これからでも、しなければならないのです。(略)」

★特集ワイド:「なかったこと」で済ませない 
「東京プリズン」著者・赤坂真理さんに聞く…ココ!

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コメント

隠蔽体質と事なかれ主義が横行するこの国だけど、
心ある人の思いが、まだ苦しみの渦中にある人の元へ、
どうか届きますように。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2013年3月 5日 (火) 16:12

>現在進行形で放射性物質を垂れ流し続けている事故原発を「冷温停止状態」だなんて言ってしまうメンタリティって…。

“安全性が確認できたら!ただちに原発再開!!!!”

って…どれもこれも確認できてないじゃん。

それに事故からまだ二年しかたってない
もう…「なかったこと」になってる

もうすぐ3.11
代々木でチャリティ追悼ライブ!
届け鎮魂。


投稿: オバカッチョ | 2013年3月 5日 (火) 15:57

なかったこと…に、したがるのがこの国の救いのないところ、、、

>なぜ、原爆を落とした国を愛し、あまつさえ原子力の『平和利用』まで受け入れたのか。

そのそも、それがそうだし、

それでも事故さえなければ顕在化はしなかったのだろうけど、現在進行形で放射性物質を垂れ流し続けている事故原発を「冷温停止状態」だなんて言ってしまうメンタリティって…。

なかったことに…

だなんて、できるわけないのに。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2013年2月22日 (金) 14:44

>「なかったこと」で済ませない …

え~~

あんな悪いことしてるのに…

何もなかったように、また

チャラチャラ同じ工程をたどってる…って奴

ほんと、一発、ぶん殴ってやりたくなる

ってことじゃないか

投稿: オバカッチョ | 2013年2月22日 (金) 14:32

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