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『讃歌』

テレビ局の下請け番組製作会社のディレクターである主人公は、Sanka_shino離婚した妻が養育している娘との面会時間すら取れないような多忙でささくれた毎日を過ごしていたが、ふとしたきっかけで小さな教会でのコンサートに。クラシック音楽には馴染みがなかったが、そこで奏でられたシューベルトのアルペジオーネソナタに心を鷲掴みにされ、その感動を映像で表現できないかと考える。実現性の薄い企画と思われたものの、どうにか制作にこぎつけ、ドキュメンタリー番組としてオンエア…
感動的な名演奏と大衆の人気を集める一方で、酷評する“専門家”もいて、マスコミには賛否両論が飛び交う。思わぬ展開の連続でストーリーはめまぐるしく進展していくが、マスコミの恐ろしさ、のようなものがしみじみと感じられる、スリリングな作品。
「感動とは何か」「芸術とは」そして「マスコミの恐ろしさ」…興味深いテーマがたくさん。

『讃歌』
篠田節子 著
朝日新聞社 刊
2006年1月 初版発行

★楽天ブックス著者インタビュー

40代も半ばを過ぎたヴィオリスト柳原園子は、天才少女バイオリニストとして期待されたものの、留学先の米国で挫折。自殺未遂の結果後遺症で起き上がることもままならないまま20年以上もの歳月を両親に庇護された状態で過ごす。
45歳の誕生日を迎えた直後、父が腎臓癌で倒れたことをきっかけに、母に伴われて教会へと足を運び、そこで音楽との再会を果たす。アマチュアの弦楽合奏団の演奏だったが、絶望の中に一条の光となって差し込むような音楽の力、を感じて、他者の苦しみに対して手を差し伸べるような音楽を通じて自分が献身できるのではないか、と再び弦を手にすることに。

インタビューに答えて園子が語った部分…
「私、まもなく五十になるんです。でも音楽家としての自分の役割を知ったのは、本当に、この一、二年なのです。昔、十代の頃、才能は、自分のものと信じて疑わなかった。名声や、評価、それに私の音楽をきわめることにしか、興味を持っていなかったのです。三十年前のあの事故は、神がそれを罰したものだったのかもしれません。いえ、罰したなどというのではなく、私に真実を気づかせるために、お与えになった試練かもしれませんね。」

与えられた才能とは。そして役割とは。

「園子の音楽には、心を揺さぶる圧倒的な力があった。数々の試練を経て再生した魂が、他者の苦しみに、哀しみに、共感し、救いへと導く力。あの中傷は、聴衆のこの力への畏れだったのではないか。
いったい音楽とは何か、何のためにあるのか。何が正統で、何が邪道なのか、小野にはわからない。ただ、立ち上る柔らかな抒情と感傷的な音色に包まれ、涙を流し続けていた。」

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コメント

>まもなく五十になるんです…

人生50年…で終わっちゃうところ、昔ならね。
今はその先があるから…
別な意味で…その先を模索しなくっちゃね。

勧善懲悪の物語だけでは物足りないてことよね。

投稿: オバカッチョ | 2013年6月28日 (金) 22:56

肉体的には、50年くらいで耐用年数終わるかなーって感じてます。

けど、“役割”を自覚することができたら、
それはきちんと果たすべき・・・・だと思うのです。

自分のことはさておいて。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2013年6月28日 (金) 23:04

>興味深いテーマがたくさん…

マスコミの怖さは、実際関わってると
森の大きさが分からないで木を育てているような不安な
感じ。

今はインターネットの功罪…の方が気になる?

実際は女性蔑視、侮辱的発言や行為の多い人間が
自身のブログでベリーの収穫を喜び、花を愛で、山行称讃を書き連ねる。
そのクチ当たりの良い文言に、みなコロッと騙されちまう。

作為的なのか否か…その才能?には驚く。

50を過ぎて人生を自覚できればそれはラッキーな事。
自覚さえ出来ずに、現実逃避と享楽に時間つぶしをしている人間もいる。


投稿: オバカッチョ | 2013年6月29日 (土) 10:27

享楽的であることそのものはべつにいいとは思うのですが、
誠実であること、が欠落しているのだとしたら、
関わらないのがいいですね。

です。

投稿: にゃみにゃみ。 | 2013年6月29日 (土) 18:21

>関わらないのがいいですね…

本当に!
あなたは、関わらないほうがいい、お仕事的にも。

もし…
僕がチョメチョメなら、決して引きずり込まかったぜ (笑)

投稿: オバカッチョ | 2013年7月17日 (水) 16:39

まぁ、いろんなご縁がありますね。
プラスの場合も、マイナスの場合もありますけどね。

投稿: にゃみ | 2013年7月18日 (木) 07:45

>まぁ、いろんなご縁がありますね…

ああ、そうでした。
ご縁のつなぎ方は…
まったく…個々の自由意思ですよね

=あなたは、関わらないほうがいい…
なんて…僭越でした。

ミッションのルートからそれてしまった。
すんまそんsweat01

投稿: オバカッチョ | 2013年7月19日 (金) 09:57

自由意思、、でもないものも感じてはいます。
何か、目に見えないチカラのようなものが働いて、
出会うべきものが出会い、
同じように出会うべきでないものも出会い、

きっと出会うべきなのに出会えないものもあり、、、

そしてそれが「運命」だったりするのかな。

投稿: にゃみ | 2013年7月19日 (金) 10:10

>そしてそれが「運命」だったりするのかな…

敵(笑)はしたたかですから
あなたの性格を観察、把握しており…

リベラルなフェミニストを装う語り口に…
良心を内在した心優しい女性達は…
引きずり込まれるという…現世の方程式。

投稿: オバカッチョ | 2013年7月21日 (日) 23:35

現世の方程式…

いつの世もいろいろな不条理がまかり通るものなのだなぁと、、、

選挙の結果に暗澹としている朝です。

投稿: にゃみ | 2013年7月22日 (月) 06:58

>選挙の結果に暗澹としている朝です…

同じく!!

投稿: オバカッチョ | 2013年7月22日 (月) 10:54

暗澹とはしていますが、
不条理なことは傍観していてもなくなりはしないので、
できることをしなければ… とは思うのですが。

“敵”(?)はさておき、
せめて自分は自分の良心に従って行動したい。

投稿: にゃみ | 2013年7月22日 (月) 11:09

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