『息の発見』
仏教にも健康に関することにも造詣が深い作家の五木寛之氏と、博識で知られる作家で禅僧の玄侑宗久氏による対談本。生命活動に直接つながる呼吸は精神的にも重要なもので、仏教とも深い関わりがある。古今、呼吸法はいろいろと考案されてきたが、どの呼吸法も創始した人にとってはベストでも、万人向きではなく、ひとりひとり自分に合った方法があるのだとか。自分の身体の声を聴き、「良い加減」で行うのがよろし、と。。。
瞑想や座禅、ヨガなども呼吸が重要な要素。息をコントロールすることによって、精神状態をコントロールしたり、身体への意識を行きわたらせたり。それは“スキル”として伝授できる面もあるだろうが、玄侑さんによると、「たとえば歩行は、自然に呼吸をうながすという面がありますし、あるいは読経、お経を覚えてやるのだって、呼吸そのものを意識せずに、結果的に呼吸法になっています」とのことなので、とりあえず空気のいい山を、これからもせっせと歩こうっと。
『息の発見』
五木寛之著 対話者:玄侑宗久
平凡社 刊
2008年10月 初版発行
まえがき「息の世界に気づく旅のはじめに」より
私はこのところ、「老いる」ということを、エントロピーの進行としてではなく考えることを心がけてきた。蓮池の花にも、虫食いの病葉にも、枯れかかった蓮にも、変わらぬ生命の営みというものがある。枯れていく過程もまた、生のエネルギーの場であり、過程である。登山と下山を、同じ価値として見る思想が大事なのだ。
「五戒」について
玄侑氏:五戒とは生活上の基本姿勢。決して完全に守ることはできない(食=不殺生戒を破る)が、いつも我々を照らしてくれる存在。「集団的自衛権の問題で、現実に合わせて憲法第九条を取り下げようとする。守れるものだけを掲げて、条文を現実に合わせてしまおうという考え方は、ちょっとちがうんじゃないかと思うんです。守れないからこそ掲げているですけどね、我々は」
※発見シリーズ…『気の発見』『神の発見』『霊の発見』もいずれ読みたい…
これまでにレビューを書いた同じ作者の作品
『下山の思想』
『林住期』
『天命』
『辺界の輝き』
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コメント
>ひとりひとり自分に合った方法がある
そうそう!
いろいろ方法を試してみるとよくわかる。
すべて答えは自身の中から苦る。
>登山と下山を、同じ価値として見る思想が大事なのだ。
これはとても人間にとって苦痛を伴う
大変な価値観の変換作業…
これを超越できると…人類はもっと仲良くできる
意気揚々と強く高くもっともっと…を目的に生きていると
自分の“負”を素直に受け入れる…って難しい。
…自分に合わない他人を受け入れるのもムズカシイ
んで、みんな血みどろの戦いをしている。
でも本当は自分との闘い。
人はこのことを学ぶために生まれてきた。
ヨク生きることは ヨク死にゆくことなり…と
周りを視ていてそう思う。
投稿: オバカッチョ | 2013年10月 1日 (火) 15:17
登ったら下りないといけないんだけど、
どうしても登りの華やかな部分だけを
フォーカスしてしまうんですよねー。
けど、元のところまで無事に下って完了。
人生も、登ったら下る。
生きることと死にゆくことは同じこと、なんだけど、
なかなか実感として受け止めにくいのは確か。
年齢に関係なく、誰しもいつ死が訪れるかなんてわからないのだけど。
投稿: にゃみ。 | 2013年10月 1日 (火) 21:43
>なかなか実感として受け止めにくいのは確か…
お花畑の赤ずきんちゃんでいることに慣れてしまうと
ずーっと…このまま“生きどおし”のように感じてしまう。
311は、
そんな奢り高ぶった僕たちへ…チェンジの布石
=年齢に関係なく、誰しもいつ死が訪れるかなんてわからない…
これから幾多の年数たくさんの人々がたぶん原因不明の死に直面する…と思う。
投稿: オバカッチョ | 2013年10月 2日 (水) 16:08
この先、この国に起こるだろうことは、
できれば想像せずにいたい。
考えずにスルーできたらどんなにいいだろう。
それでも、できることをしなければ…
投稿: にゃみ。 | 2013年10月 2日 (水) 17:33