『小農救国論』
山下惣一さんの新しい本を読んだ。農業は、人の「命」を支える基本。食糧生産のみならず、地域を維持するための基本的な生業。そもそも「経済」の視点で語るべきものではない。特区制度が試験的に導入されているエリアがあるが、農業への企業の参入の是非、さらにはTPPがなぜいけないのか…などがよくわかる。非常によい本だった。
まえがきより
「農業を成長産業に……」というかけ声がかまびすしい。「はて?」と私は首をかしげている。
経済成長に農業はついていけない。これは真実である。理由は簡単だ。自然を相手にしているからである。自然界はそれこそ「般若心経」が説くように「色即是空空即是色」であり「不生不滅不垢不浄不増不減」だから、人間の都合など知ったことではないのである。
『小農救国論』
山下惣一 著
創森社 刊
2014年10月7日発行
例によって極にゃみ的要約&抜粋を少々
※黒文字部分は抜粋
P21
大規模農業一辺倒ではだめなわけ
政府試算では、TPPに入ると日本のGDPは0.6%、3兆2000億円増加する。一方、一次産業で3兆円減る。
日本のGDPを押し上げた分を農業がかぶる形で、「カネのために命を捨てる」選択と言える。
P24
小さな農家がいないと国は荒れる
過去に50か国くらいを旅してきたが、大規模農業があるところには、かならず土地なしの農民がいて、都会にはスラムがある。貧富の差が激しくて治安が悪い。
日本の治安がよくて、人々の精神状態が安定しているのは、小農を土台にした国だから。帰るところがない、根っこがない人間が集団化すると国が荒れ始める。
P25
農業は大規模化すると「農村に人がいなくなる」
規模拡大のためには単作にしなければならない→機械化→人手がいらなくなる
利潤追求で大規模化すると、資源浪費型、環境破壊型、しかも健康を害するような作物ばかりになる
→アメリカの農業がたどった道
しかし、近年アメリカでは都市農業が復活のきざしがある。
P32
そもそも農業は儲からない
農業は儲からなくていいのです。われわれが農産物と引き換えに得ているのは、儲けではなくて対価です。サラリーマンが自分の給料を儲けといわないのと一緒です。その対価があまりにも低すぎるということが問題なのであって、「儲からないのは百姓のやり方が悪いからだ、企業にやらせれば儲かる」なんてものではないと思います。
P37
ロシアの食料の51%を生産する「ダーチャ」
大規模農業の行き着く先は環境破壊、資源浪費、食の危険性が高まるということで、農業大国のアメリカでもオーガニックが伸びていて、都市農業が復活。
もうひとつの大国ロシアでは、1999年の統計で、人口の70%がダーチャ(郊外にあるコテージ付きの菜園)を所有、ジャガイモは92%、野菜も77%がダーチャで作られている。サラリーマンも週末はダーチャで農作業に勤しむのが一般的で、国全体の食料生産の半分以上をダーチャが占めている。
P58 「地給率」を高めよ
大型機械、化石燃料、化学肥料、農薬に依存した、いわば「重厚長大型農業」志向をやめ、自前のクリーンエネルギー、バイオマス活用の身の丈に合ったパーマカルチャー(持続的な農業を基礎とする永続可能な文化)系に方向転換してはどうか。そうするとさまざまな可能性が見えてくる。
(略)
有機農業も市民農園も脱サラも週末農業も、みんな農業の担い手である。環境保全型の小規模複合の少量多品目生産で、それぞれの地域で「地給率」を高め、次世代もそれが継続できるような社会設計をすれば、これはもう世界をリードする二一世紀型の先行モデルになる。と、まあ、大ボラを吹いてみましたが……。
P148 TPPは農業問題だけではない
「今日、TPP問題の講義を受けたばかりだ」という経済学部の学生が三人いて、ノートをめくりながら、講義の概要を語りました。「正直いってTPP参加で日本にはたいしたメリットはない。しかし、不参加のデメリットは大きい。その最たるものは企業の海外転出による国内産業の空洞化である。都市に失業者があふれるだろう。一方、参加すれば農民が失業者となる。農業よりも工業に国際競争力があり、経済効果も高いからTPP参加は国益にかなう」
ま、このような内容だったそうです。つまり、米国の不況と失業の一部を日本が肩代わりするという「TPP参加」の本質が述べられているわけですが、農業をスケープゴートにした方が全体として傷が浅い、したがって国益に沿うということのようです。
全国の大学でこのような講義が行われているのかどうかは知りません。学界の共通認識とも考えられませんが、非常にわかりやすい、しかし浅薄な論です。学生たちから講義内容についての意見を求められましたので、「次の講義のとき教授に次の三つの質問をして解答をもらって送ってくれ」と頼みました。
(1)TPPに参加すれば企業の海外移転は止まるのか。(2)輸出産業が海外で稼いだカネが国内に回ってきて国民を豊かにするのか。(3)一億人以上の国民の食料と安全、安心の確保は可能なのか。どういうことになるのか楽しみにしているところです。
(略)
世界の国々とは仲良くしなければいけませんが、それもわが家があってのこと。一朝有事の際は、日本人が帰ってくるところは、結局日本しかないのです。その土台である第一次産業を投げ出すことは、国破れて山河なし、の未来を招くことになるでしょう。安い農産物は輸入できても、赤トンボが群れ、ホタルが舞い、彼岸花の咲く風景は輸入できないのです。
TPPへの参加は、経済成長のためにもっとも大切なものを犠牲にする、つまり、札束を喰わえて餓死する選択としか思われず、一農業者の立場から「本当にそれでいいんですか!」と問わずにはいられません。
P196
成長よりも循環、拡大よりも持続、競争よりも共生。これが日本の農村の論理であり、農業の原点だ。勝たないまでも負けない。儲からないが潰れない。つましいながらも平安で幸せな人生のために、今こそ百姓に戻ろうと私は呼びかけたい。
P207
星寛治さん
政府は「攻めの農業」をとなえ、経済効率を高めることに農業を追い込もうとしている。しかし、農業は経済価値だけに矮小化できるものではないでしょう。経済行為は一部分であり、自分の家族、地域の人々、都市の市民の命をつなぐという大事な役目を果たしています。
種をまき、ポチッと芽が出て、それが日々生長し、枝葉を伸ばし、葉を広げ、実を実らす。作物のできの良し悪しの以前に、農民はつくる過程に喜びを感じるのです。できたものを多くの人に分かち与える喜び、喜ぶ相手の手応え、こうした喜びを分かち合うところに農業の醍醐味があります。
山下さん
農業は、それぞれに地形や風土にあったやり方があるはずです。アメリカの大規模農業は、いわば略奪型農業で将来性はない。だからオーガニック農業や家族経営が注目されているのです。アメリカでもだめになっている農業のまねをしてどうなるというのでしょうか。
P217
身土不二の裾野を支えるのは誰か
追いつめられているのがこの国の農業だ。人の命を支える「食」を生産する農業は「生・死」の問題を背負っているのに、「損・得」の経済問題に矮小化され「儲かるか、儲からないか」のみで論じられる。若者は農業を捨て村を去り、残ったものは高齢化した。
一九六〇年に六〇〇万戸あった農家はこの半世紀で半分に減った。とりわけ販売農家(農作物の年間販売額五〇万円、もしくは農地三〇a以上)は170万戸まで減少し、世帯主の平均年齢は64.6歳(二〇〇七年)だ。また、一年間自家農業だけに従事したか、ほかの仕事にも従事したが自家農業の従事日数の方が多かった「農業就業者」は約300万人で、その三割が65歳以上である。
つまり、日本人一億人余りの「食」と「農」を300万人、すなわち3%の人たちでかろうじて支えている。これが私たちの住むこの日本という国の「食」と「農」の実態である。その現実を直視することこそが、すべての出発点であろう。
(略)
日本は自然に恵まれた豊かな国である。生産者は勤勉であり、消費者運動も活発だ。この半世紀、世の中を動かしてきたのは国の政策ではなく現場の工夫と知恵だった。もっと自信を持ってよい。私たちが金を払って食べるということは選挙における投票と同じ行為である。どんな農業と食生活と未来に投票するのか。消費行動を通じて多くの人に「地産池消」と「身土不二」の裾野を広げ、支えてほしい。自分が変われば世の中が変わる。まずは食い改めるである。
(印象的な山下さんの言葉)
『自然を相手にする農業は成長してはいけない。昨年のように今年があり、今年のように来年があるのが一番いい。私たちはこれを安定といい、経済学者は停滞という』
■これまで読んだ山下さんの作品
『安ければ、それでいいのか!?』
『にぎやかな大地』
『食べものはみんな生きていた』
『減反神社』
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コメント
今年も厳しく不穏な年が明けました。
日本の農に関しては将来が本当に不安ですよね。
グローバルな農業なんて…
一滴、種に毒牙をたらせば一斉にポチャ。
かといって
>自分が変われば世の中が変わる
この精神の変革は
多大なる犠牲をもって学習しないとなかなか実践に結び付かない。
それでも、それでも原発事故のごとし。
本当に人間は目先の欲望と戦うことが苦手な生き物。
良心に従った判断力と実行力。
すべてに通じる。
やはり、小さいときからの教育…大事かもしれない。
投稿: 同人 オバカッチョ | 2015年1月13日 (火) 13:43
不穏の度合いがどんどん高まっていますが…
グローバリズムにはどこかで線を引かないと、
この国のみならず、世界中がたいへんなことに。
土地が産する自然の恵みをいただきながら、
人も自然も搾取することなく、ささやかに生きていければそれでいいんですけどね…
教育は大事ですよね。
投稿: にゃみ。 | 2015年1月13日 (火) 14:48
>土地が産する自然の恵みをいただきながら…
地産池消…
人間も住む土地の磁場によるエネルギーを受けて生きているから、
同じエネルギーを受けて育った野菜は
絶対に体によいに決まっている…と思っているんです。
産地はできれば地域、無理なら地方、マックス日本を出ちゃいかんでしょう。
身近で採れた野菜や特産品は大事にしたいものですよね。
投稿: 同人 オバカッチョ | 2015年1月14日 (水) 15:38
4里四方がよいとか、
徒歩で行ける範囲内がいいとか
地産地消も諸説がありますが、
少なくとも外国産がメインになってはいけないと。
外国産に大半を頼り切ってる現状はどうにかしたいものです。
投稿: にゃみ。 | 2015年1月14日 (水) 16:24