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『旅行者の朝食』

gourmetなのかgourmandなのか(女性ながら相当な健啖家であったらし)、Ryokosya_tyosyokuともかく「食べるためにこそ生きる」がモットーの著者による、初のグルメエッセイ集(2006年没)。
1960年代のプラハで少女時代(9~14歳)を過ごし、ソビエト大使館付属学校でロシア語での授業を受けたことからロシア語通訳者となり、エッセイスト・小説家としても活躍。父親の実家は大山林地主で、祖父は元貴族院議員という超絶セレブリティ。父は学生時代に共産主義に走って敗戦までの16年間を地下に潜って過ごしたものの、戦後は共産党幹部としてプラハに赴任。
庶民から見ると、とてつもない美食家揃いの一族。独特のウィットに富んだ軽妙なタッチで、食べ物を巡るエピソードが次々展開する楽しい一冊。

『旅行者の朝食』
米原万里 著
文芸春秋 刊
2002年4月 初版発行(2004年 文庫版発行)

大雑把な内容を…

第一楽章では、ウォトカ、キャビア、ジャガイモ、トルコ蜜飴(ハルヴァ)などについて。
扉にある一文。

「飲んでも死ぬ、飲まなくても死ぬ、
どうせいつかは死ぬ運命ならば、
飲まないのはもったいない」
(ロシアの諺、言うまでもなく「飲む」とはウォトカを飲むこと)


ジャガイモに関しては面白いエピソードがたくさん。
ロシアでも欧州でもジャガイモは今は重要な食糧だが、旧大陸にこの植物がもたらされたのはコロンブスが新大陸を発見して帰国した後のこと。スペインの港に種イモがもたらされ、スペイン人の神父で植物学者のジェロニム・コルダンは「これは松露(トリュフ)の1種で、風味は栗に勝る。人間のあらゆる要望に応えるべく賢明な自然が恵んでくれた食べ物」と絶賛。『ペルー・クロニクル』著者のスペイン人ペドロ・シエザ・デ・レオンは「ナッツの一種である。茹でるとマロンのように柔らかくなり、皮の味はトリュフよりもあっさりしている」と書いているが、一般の人々は気味悪がって食べようとしなかったようだ。食糧不足を解決するために君主たちは普及にやっきになってもなかなか受け入れられなかったそう。
ロシアでは絶対君主であったピョートル大帝が命じても食べようとせず、「食べないと打首にする」と恫喝して無理やり食べさせたとのエピソードも。今ではロシアは世界最大のジャガイモ生産国だが。

第二楽章ではドラキュラやハイジ、ちびくろサンボ、ヘンゼルとグレーテルなど、物語にまつわるお話。

この中のひとつに、ヨーロッパのほとんどの国に伝わっているのに日本ではほとんど知られていない「小さな丸パンの冒険物語」がある。
腹が減ったじいさんばあさんが、粉箱をごしごしかいて小麦粉をかき集め、酸味のきいたカッテージチーズを混ぜ込んだ丸パンを焼く。ふっくらほかほかに焼き上がった丸パンを冷ますために窓辺に置いたところ、ころりんと転がって椅子に落ち、床に転がり、とうとう戸外へ。
うさぎに食べられそうになるが、「急いで食べたら、ぼくの素敵な歌が聴けなくなるよ、聴いてから食べれば?」と言って、玉を転がすような美声で歌って、するりと逃げだす。
次々に出くわす狼からも熊からも逃げては「じいさんからも、ばあさんからも、兎からも、狼からも逃げ出したのさ。お前になんかつかまるもんか」と歌がどんどん長くなっていくのだが、最後に出会った狐は、お世辞たらたらで言いくるめ、「僕の舌先に乗っかって歌ってくれないかな。その方がよく聞こえると思うんだ」といって口の中へ。ぱくりと食べられて一巻の終わり、というのが著者が子どもの頃に何度も聞かされた結末なのだが、1986年に再訪したとき、丸パン物語には新しいバージョンが生まれたと評判になっていたそうだ。狐の口に落下する寸前、丸パンはこんなセリフを吐く。
僕は特別な小麦粉からできているんだ。何しろ、小麦が育ったのは、チェルノブイリの肥沃な大地だったもの
狐はあわてて口を閉じ、丸パンはポーンと狐の鼻先にはじかれてコロコロと転がっていったのだった。
 …この国にこのお話が伝わっていたら、今どんな話になるのだろうか。きっと狐は食べてしまいそうな気がする。直ちに健康に影響はないって政府が言ってんだもの。

ところで、第3楽章の中で、「食べ物に対する要求水準が低いことは、長い間日本のかくあるべき男の、つまりサムライの美意識の強固な一角を構成していたように思う」という一文が出てくる。
軍隊や企業など、自我と自己の欲求を抑制することが求められる組織内では、欲求そのものがないほうが都合がいい。遠隔地や僻地に派遣されるような場合、粗食に耐えられる能力は重要で、第二次世界大戦でアジアに侵略していった日本軍はナポレオン方式で「糧食は現地調達」だったため、戦場になった地域で民家に対する襲撃、略奪、強姦行為の頻発に繋がり、現地民衆の敵意を招いて、結果的に戦況を不利にした。また、戦死者の大半が戦闘行為ではなく、餓死だったという資料もあると書かれている。
イタリアやフランスの軍隊は、兵站に占める食糧の割合が量的にも金額的にも大きいため長期戦は苦手」とか「日本軍でも食道楽で知られる大阪師団が、最も弱かったという話も、何度も聞かされた」とも。その先の結びの部分を引用する。

 七つの海にまたがる植民地を支配した大英帝国、世界の警察の異名をとるアメリカ合衆国。おそらく、今の世界で、アングロサクソンほど攻撃的で覇権を求めて止まない人種はいまい。その力の謎は、ひょっとして、あの料理のまずさにあるのではないだろうか。
 そりゃあ、他国の、全く異なる自然条件、歴史文化を背景に育まれてきた食生活、その国の人々が毎日美味しいと思って食している食いものを、よそ者が「まずい!」と一刀両断する傲岸不遜は聞き苦しいのは百も承知で言ってしまおう。イギリスで過ごした二週間、アメリカで過ごした二週間、大味で荒っぽい味付けと家畜並みの分量に、わたしは最後までついていけなかった。そして、こういう粗食で育った人間は、世界各地、どんなところへ派遣されようと、食いものに不満を抱くことはあるまいと思ったのだ。
 一時期、ある地域を勢いで軍事的に制覇したとしても、そこを植民地として統治し支配し続けるためには軍隊が引き続き駐留しなくてはならないだけでなく、本国から多くの人間を現地監督として派遣し続けなくてはならない。派遣された人間が、そこに居着いてくれなくては果たせない。それは、本国の食いものに魅力がない国ほど有利なのではないか。本国の料理がうまかったら長期駐在に耐えられるだろうか?本国の料理に魅力がなく、駐留先の方が美味しい料理をたくさん口に出来るのならば、里心がつきにくいのではないだろうか。だからこそ、何年でも駐留に耐えられる。料理がまずい、これがイギリスやアメリカが世界を制覇できた原動力なのではないだろうか。
 イギリスやアメリカの料理が美味しくなったら、世界はもう少し平和になるかもしれない。

ところで、タイトルになっている「旅行者の朝食」とは何か… ジョークが大好きなロシア人が非常によくネタにする、とてつもなく“不味い”タベモノであるらし…

逆に、ものすごく美味しそうで食べてみたいと思った魅惑のスイーツが「ハルヴァ」。主に旧東欧・イスラム諸国でポピュラーなお菓子で、プラハ時代に旧ソ連出身の友人にもらったハルヴァの味に感動。ところが、以後その感動に匹敵するものに出会えないでいるそうだ。
NHKのテレビ番組でこの味を再現しようとしたのがコチラ…
★グレーテルのかまど 番組特製レシピ「ハルヴァ
 そのうち作ってみよう…

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