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神戸新聞から「戦後70年 ゼロからの希望 4 軍隊の不条理」

昨日付の神戸新聞から。大河ドラマの舞台として注目を集める山口県萩。Dsc01484
松下村塾など歴史的遺産に匹敵する名所が「山口県立萩美術館・浦上記念館」だが、同館に収蔵される膨大なコレクションを寄贈した、萩出身の実業家・浦上敏郎氏(88)へのインタビュー記事。戦争末期、“特攻隊”として人間の尊厳を否定されるような時期を過ごした思い出を語っておられる。

 旧制中学卒業後、山口高商(現・山口大学)に進学、学徒動員で下関市の工場で働いているときに召集され、陸軍船舶兵として愛媛県伊予三島の部隊に入隊。ベニヤ板製の特攻艇「マルレ」で敵艦に体当たりする人間爆弾に志願するが、初年兵を待っていたのは古参兵による凄惨な暴力。理由もなく殴られ、尊厳を踏みにじられる陰険なリンチが続く日々が半年余り続き、「早く死にたい」という心境に。「そう思わせるために暴力をふるうのか」と思ったこともあるという。
 広島に原爆が投下された後に移動命令が出て、遺体が累々としている広島市内を行軍。15日に出撃と言い渡されたが、当日午後に「戦争は一時中止」と待機させられ、玉音放送を聞いていない部隊は解散することなく、古参兵は威張り続けたという。
 9月初旬、無茶な要求を続ける上官を叩きのめしたが、上官たちは報復で浦上氏を殺害して戦病死として処理しようと相談。それを聞きつけた同僚らの協力で隊を脱走して事なきを得た。郷里に帰って復学し、卒業後はビジネスマンとして活躍。清久工業社長、日本非鉄工業社長などを歴任するかたわら、30代から始めた美術品収集にのめりこんだ。地位や肩書に関わらず、その観賞眼だけが評価される世界で知られる存在となる。
 死に物狂いで集めた浮世絵と東洋陶磁の一大コレクションをそっくり寄贈することを決めたのは、病気で死を意識したことがきっかけだが、19歳のときに特攻で一度死んだ命であり、恩を受けた人たちに恩返しをしなければ死にきれないという思いから。
最後の部分を抜粋する。

浦上の脇腹には、軍隊で皮のベルトでたたかれた痕が今も残っている。
「暴力を振るったのは平凡な普通の人たちでした。同じ日本人に対して、あんな過酷なことをしたんだから、外地で日本の軍隊が何をしたのか…。戦争になると、普通の人が狂ってしまうんです」


関連するエントリ:
「転換期を語る ―戦後70年の視点」
◆作家・辺見庸氏…ココ!
◆作家・大江健三郎氏…ココ!

本当に、戦争は二度と繰り返してはならない。戦争を実体験した人の話に耳を傾け、本気で平和を守り抜くことを決意しなければ。

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