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『沈みゆく大国アメリカ〈逃げ切れ!日本の医療〉』

前著『沈みゆく大国アメリカ』に続いてこの春刊行された話題書。
Nigekire_iryo「医産複合体」というモンスターによって「いのち」と「老後」が「投資商品」と化してしまったアメリカ。
医療分野に投資家が進出し、介護も医療も金儲けのアイテムに。お金がないと満足な治療が受けられず、医療破産する人が続出、医師も制度の問題から過労で倒れる寸前という悲惨な状態だそう。その“モンスター”が次に狙っているのは日本の市場。
この国の「国民皆保険制度」がいかに素晴らしいものか、じつはその恩恵に浸り切っている我々日本人はあまり気づいていないのだということがよくわかる一冊。必読の書。

アメリカの医療崩壊の原因となった「オバマケアが成立したのはアメリカ国民が馬鹿だから」(by MIT教授)だそう。

翻ってこの国。
秘密保護法、安保法案、こんなきな臭い法律が易々と通ってしまうのは「国民が馬鹿だから」…?
TPPで国民皆保険制度が崩壊すると、アメリカと同じ轍を踏むことになるのだが。

『沈みゆく大国アメリカ〈逃げ切れ!日本の医療〉』
堤 未果 著
集英社 刊(集英社新書)
2015年5月20日 初版発行

【参考サイト】
★新刊JP『bestseller's interview 第68回 堤 未果さん』
  …ココ!

★集英社 『沈みゆく大国 アメリカ』特設サイト…ココ!

例によって少々抜粋。

P147
カリフォルニア州在住のデイビッド・リベラ牧師
「かつて、病院や診療所は地域の中で教会と同じような存在でした。医師たちは目の前の患者のために最善を尽くすというヒポクラテスの誓いに忠実でしたし、彼らが救いきれないほどの困窮者は、その地域の教会がちゃんと面倒をみたものです」
「助け合いの精神があったということですか?」
「そうです。皆が助け合い、自分たちとコミュニティを守っていた。それがいつしか、金をたくさん稼ぐことが何よりも一番いいことだという風潮になって、病院や診療所にも、工場と同じように無駄をなくして利益を上げろと圧力がかかるようになった。でも人間は工業製品ではないし、医療は効率を上げて経費を下げれば質が落ちるから、金儲けの道具には向かない。目先の金に眼がくらんでそんな無理なやり方を進めた結果が、世界一医療費も薬も高いのに、寿命は短く、国民は医療費で苦しめられている今のアメリカです」
「無保険者を救うといううたい文句で導入された、アメリカ初の民間皆保険制度がきっかけになって教会共済に加入する人が増えたというのは、なんだか皮肉ですね」
 そういうと、リベラ牧師は穏やかに微笑みながら首を振った。
「私は逆だと思いますね。ここまで拝金主義が暴走して、国民が耐えられなくなったからこそ、原点に帰ろうという動きが出てきたのでしょう。間違った欲望が私たちを呑みこみ、人間性を壊してしまいます。アメリカは国家レベルでそれを体現しているとも言えますね。けれど、人間は人間らしくいられない社会では、生きられないのです。教会共済に入ってくる人々は、無意識にそのことに気づいたのでしょう。幸いこの国には、社会が人々を苦しめる破壊的な方向に暴走したとき、〈助け合い〉〈分かち合う〉ことの大切さを教えてくれる宗教という宝物がある。医療とはなにか。コミュニティの価値とは何か。子どもたちに伝えたい、尊いものとは何なのか。もちろん、この国はまだ方向を間違えたままですが、私は希望を感じています。人間は過ちを犯して究極のところまでいくと、ちゃんと一周して、本来の場所に戻ってくるのですよ」


P176
日本一長寿で医療費最低の村はどこ?
 医師が足りない日本で、ブラックな働き方を強いられる勤務医たち。過剰労働でぼろぼろになった医師たちが次々に力つきて辞めていくという話が、全国から聞こえてくる。
 そんななか、まったく別なやり方で、全国長寿ナンバーワンと最低ランクの医療費という二つを見事に成功させている県があるのをご存知だろうか。
 佐久総合病院のある長野県だ。
「いま日本中の地方が医師不足で医療崩壊の危機にあるようですが、佐久総合病院は逆に毎年10人ちかく医師が増えているんです。医療に対する住民の意識もとても高い。なぜだと思いますか?この病院のオーナーは、農民の方々が作る協同組合なんです。(略)


「農村医学の父」とよばれた、佐久総合病院二代目院長の若月俊一医師は、この病院の成功のカギは〈協同組合の精神〉だという。
「これは、農協の協同組合運動として始めたものだが、農協といっしょにやっているからこそできたので、病院だけでは絶対にできない。また市町村だけでも難しい」(『現代に生きる若月俊一のことば』)Dsc00972
先日たまたま訪れた佐久総合病院。クライミング中の事故で負傷したAOKさんもヘリで搬送されてこの病院に入院していたそう。ものすごく大きな規模の病院。

P180
長野県の平均寿命ナンバーワンと老人医療費削減実現の舞台裏にいるもう一つのキーパーソンは「保健補導員」。
昭和30年代に脳卒中死亡率が全国トップレベルだった長野県、中でも佐久市は最悪で、保健補導委員会を立ち上げて、減塩、食生活の改善、部屋暖房、身体を動かすことを世帯単位で指導。44年経った今では、平均寿命は全国トップ、老人医療費と寝たきり老人・認知症率は驚くほど低く、高齢者就業率が全国一。住民は「地域の医療に満足」という快挙を成し遂げた。

P191
国民皆保険維持の責任は国にあるものの、制度上の細かい事項についての決定権は地方自治体にゆだねられている。ならば関心を持ち、自分の住む自治体の運営状況について正確な情報を集め、自治体職員や自治体議員に直接話をしに行って、チームになるのも悪くない。自分や親や子どもたちの健康を守るための制度なら、十分やる価値はあるはずだ。
 今うたわれている「医療の危機」をチャンスに変えて、社会を作る側に参加するのだ。


P192
かしこい患者が医療を救う

(兵庫県立柏原病院の事例)
2007年4月、新聞に病院に二人しかいない小児科医のうち一人が院長に昇格し、残った一人の医師がこれ以上の負担に耐えられる自信がないから病院を辞めるという記事が載って、地域の親たちの間に不安と怒りが広がった。
記者が親たちの本音を聞こうと座談会を開いたところ、参加者の一人が、小児科医がいかに過酷な状況で働いていたか、それでも子どものために身を犠牲にして全力を尽くしてくれたという話をした。
そのような状況を知らず、不満ばかりを口にして、夜中でもお構いなしに「コンビニ受診」していた母親たちは深く反省したそう。

彼女たちは、さっそく「柏原病院の小児科を守る会」を立ち上げ、署名を集め、「コンビニ受診」をやめるために子どもによくある症例を一覧表にし、病院を賢く使い分けて、医師の過剰労働を防ぐ努力をした。

P197
日本医師会の今村聡副会長の談
「国民皆保険は、もともと共同体の精神から生まれた制度です。
 助け合い分かち合う共同体を中心に発展してきた日本の良さが、それをちゃんと伝えないことで、どんどん薄れていっている。自分さえ良ければという個人主義・弱肉強食の考え方しか教わらなければ、子どもたちはどうして病人や高齢者や障害者の医療費を払わなきゃならないんだ、自己責任でいいじゃないかとなってしまう。今後国民皆保険制度を維持してゆくために、医療制度の成り立ちやそこに横たわる精神をしっかり教えてゆくことが、何より重要になるでしょう」
 世界がうらやむ国民皆保険制度。
 その価値は、誰もがいつでもどこでも低額で一定レベルの治療を受けられる、ただそれだけだろうか。
 強欲資本主義が行き過ぎて、いのちを「商品」にしたアメリカが半世紀かけて失ったもの。
 行き着くところまで行ってしまい、原点に戻ってそれを再び取り戻そうとしている医師たちやキリスト教信者や、政治家や母親たち。
 誰もがこの世に生を受け、ほんの少しの間同じ時代を生きて、そして死んでゆく。
 その普遍的な営みを、貴び、お互いさまの心で助け合ってゆく。
 それははるか昔から、私たち日本人のDNAに刻まれてきた、〈協同〉の精神だろう。
 そして今村医師が言うように、大人である私たちは、次世代にその宝物をしっかりと手渡す義務がある。
 伝えないまま、移り行く時代の中で忘れられてしまうには、余りに貴いものなのだから。
 結局、柏原病院の小児科は、母親たちの気づきと行動、熱心な勉強と医師たちへの感謝によって消滅の危機をまぬがれた。

(略)

P212
 経済成長という旗を振りながら、医療を「商品」にし、使い捨て市場となるのか。
 世界一素晴らしい皆保険制度と憲法二五条の精神を全力で守り、胸を張って輸出していくのか。
 それは単なる医療という一つの制度の話ではなく、人間にとって、いのちとはなにか、どうやって向き合ってゆくのかという、普遍的な問いになるだろう。
 「マネーゲーム」ではなく、私たち自身の手で選ぶのだ。

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