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『献灯使』

「震災後の近未来を想起させるディストピア(反理想郷)」を描いた異色作。Photo大災厄に襲われた国が舞台で、国土の半分は汚染のため住むことができない。かつての首都もほとんど人が住まなくなって、安全な食べ物は限られた地域でしか採れない。外来語を使ってはいけない決まりができたり、再び鎖国をして、外国との交流はなくなった。モータリゼーションやハイテクなども絶え果て、恐ろしく身体の弱い子どもたちと、いくつになっても異様に丈夫な老人たちが暮らしている。そういう不思議なシチュエーションを綴る独特の言語感覚が面白かった。表題作のほかにいくつか短編作品が収録されているが、いずれも汚染でとてつもない状態になって、世界から孤立する島国がテーマ。荒唐無稽なSF小説、と笑い飛ばすことができないのだけれど…。

『献灯使』
多和田葉子 著
講談社 刊
2014年10月 初版発行
(表題作の初出は『群像』2014年8月号)


★講談社BOOK倶楽部『献灯使』公式サイト…ココ!
★『献灯使』をめぐって--多和田葉子…ココ!

作品の中で一番先に書かれた『不死の島』(2012年)の冒頭から

P190
 パスポートを受け取ろうとして差し出した手が一瞬とまった。若い金髪の旅券調べの顔がひきつり、ことばを探しているのか、唇がかすかに震えている。声を出すのは、わたしの方が早かった。「これは確かに日本のパスポートですけれどね、わたしはもう三十年前からドイツに住んでいて、今アメリカ旅行から帰ってきたとこです。あれ以来日本へは行ってませんよ。」そこまで言って言葉を切り、それから先、考えたことは口にしなかった。「まさか旅券に放射性物質がついているわけないでしょう。ケガレ扱いしないでください。」受け取ってもらえないパスポートを一度手元に引き戻して、今度は永住権のシールの貼ってあるページを開いて改めて差し出すと、相手はふるえる指先でそれを受け取った。
「あれから日本へ行っていない」と言うことで我が身の潔白を証明しようとした自分がなさけなかった。「日本」と聞くと二〇一一年には同情されたものだが二〇一七年以降は差別されるようになった。


ね、ダイナミックに動いてるプレートの上にあるこの国で、安全が担保されないまま「再稼働」とかとんでもないことをやってると、ホントにそんなことになるかもしれないですよ。

公式サイトで著者が自ら朗読している部分。

P36
 義郎は新宿駅から成田空港まで無人エクスプレスに乗っている自分を想像してみる。実際は、空港行きの電車などもう存在しないし、カタカナ独特の高価な速度を売りつけるエクスプレスに乗る人もエスプレッソを飲む人も見あたらない。空港ターミナル駅の改札を出て空港内へ入る関所にも誰も人がいないので旅券を見せる必要もない。「民なる」と書かれた看板がはずされてそのまま壁に立てかけてある。

長年ドイツに暮らして、日本人だけれどこの島国を外から見てきた文学者の感性、面白いです。
★[文学]3紙の『献灯使』の書評…ココ!

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