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『ニッポン沈没』

2006年から続けられてこられた連載コラムのうち、2010年8月~2015年6月にかけてSaito_tinbotu書かれたものの中から47本をチョイスして一冊にまとめたもの。
「激震前夜」「原発震災」「安倍復活」「言論沈没」の4つの章で、それぞれタイムリーなネタが取り上げられている。
各項で3冊の本をテーマに取り上げ、書評と時評を合わせたような内容になっている。読みたい本がいっぱいありすぎて読み切れない私にとっては非常にありがたく、かつ面白い本だった。
ボリューム満点で内容も濃く、しかもオトコマエな文体で、読後感が格別。か・な・り、お勧めです。


『ニッポン沈没』
斎藤 美奈子  著
筑摩書房 刊
2015年10月 初版発行

極にゃみ的に、重要と思う部分を少し抜粋。

原発震災 から

橋下徹が迷惑なんですけど
P86
 部下であるはずの府職員を「敵」と見定め、自身に反対する人々は「抵抗勢力」と決めつけて、徹底抗戦のポーズを取る。同じ手法が、親橋下派にとっては勧善懲悪、救世主、強いリーダーシップと映るわけだが、具体的な影響をひとつだけあげれば、橋下府政になってから府職員の自殺者が増加していることだろう。『仮面の騎士』によれば、二〇一一年三月の時点で一年余に七人。自殺した参事の「仕事上の課題・宿題が増え続け、少しも解決しません。頑張っても頑張っても出口が見えない。もう限界です。疲れました」という遺書からも、府職員の惨状がうかがえよう。

P87
「実績」のすべてはイベント
 以上のような橋下府政を概観すると、「細かいことはどうでもいいから、もっとドーンとデカいことをやろうぜ」、それが橋下の希望のようだ。『体制維新―大阪都』は橋下前知事自身が大阪都構想について語った本だが、そこでも橋下は明言している。
〈僕は知事になったとき、現行の体制を変えることが使命だと考えました。それが政治家にとって、一番大事な役割と考えたのです。政策は専門家でも作れる、むしろそのほうがいい政策が出てきます。行政を進めるのは役人。しかし、国であろうと地方であろうと、政治行政の仕組みすなわち体制、システムを変えるのは政治家にしかできません。/体制の変更とは、既得権益を剥がしていくことです。いまの権力構造を変えて、権力の再配置をする。これはもう戦争です〉。
 こういうのはさ、自治体の長が考えることではないわな。クーデターっていうのだよね、ふつうは。
 にしても、自分たちの利益に反するこのような人物を、なぜ人々は支持するのか。
 理由はカール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』に書かれていた。「ナポレオンの甥」であることだけを売りに、労働者や農民の熱狂的な支持を得て大統領になったルイ・ボナパルト。三年後、彼がクーデターで議会を解散し、新しい憲法を制定し、国民投票を経て帝政を復活させるに至ったのは、そもそも共和制下での普通選挙によってであった。

(略)
 ボナパルティズムが出現したのは、深刻な不況の時代だった。既成政治に対する不信が募り、戦争の機器も迫っていた。リーマンショック後の深刻な不況と、政権交代後の民主党に対する失望と、大震災後の社会不安が重なった現在の日本とも著しく合致する。橋下政治の台頭も一種のボナパルティズムだとすれば、問題は「個人の資質」ではなく、歴史の反復といえよう。
 大阪都構想は「国際間の都市競争」に大阪が勝つための策だという。競争に勝ち、企業誘致や観光で利潤を上げ、しかるのちに市民サービスを向上させるのだそうだ。大阪府民、大阪市民は、その日が来るまで、ノホホンと待つ気でいるのか。自治体は民間企業じゃないのである。いいかげんに目を覚まさないと、大阪は日本中に恨まれることになるだろう。


『「仮面の騎士」橋下徹―独裁支配の野望と罠』大阪の地方自治を考える会、講談社、2011年
『ルイ・ボナパルトのプリュメール18日[初版]』カール・マルクス+柄谷行人付論/植村邦彦訳、平凡社ライブラリー、2008年


安倍復活 から
自民党『憲法草案』がひどい
P171
立憲主義も基本的人権も無視
 まず、小林節『白熱講義!日本国憲法改正』。  かねてより改憲の必要性を説いてきた小林は、しかし第1章でこう述べる。〈私は30年来の改憲論者であるが、現状のままで自民党に改正を行わせるわけにはいかない。なぜなら、権力者の都合のいいような改悪がなされる恐れがあるからだ〉。「権力者の都合のいいような改悪」の筆頭は「立憲主義」からの逸脱だ。〈そもそも憲法は、主権者である国民大衆が、権力を託した者たち(政治家とその他の公務員)を規制し、権力を正しく行使させ、その濫用を防ごうとする法である〉。
 そう、今度の憲法論ブームの特徴は、「立憲主義」が焦点として浮上した点にあった。  伊藤真『憲法問題』が強調するのもその点で、現行憲法の九十九条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と比較しつつ、自民党改憲案の百二条「全て国民はこの憲法を尊重しなければならない」が真っ先にやり玉にあげられている。〈これは立憲主義とは正反対の考え方であり、改憲案は近代国家における憲法のあり方を根底から無視しているといわざるを得ません〉。
 この1点だけを考えても、自民党の改憲草案は根本から間違っていると考えたほうがいい。
 もう1点、自民党草案に対して多くの論者が懸念を示したのは基本的人権の問題である。  現行の第十三条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」である。一方、自民党の草案は「すべて国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない」。「個人として」が「人として」に、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に書き換えられている。この改変は看過できない。自民党は改変の理由を「個人主義を助長してきたきらいがあるので」と説明するが、冗談はよしこさん。
 小林がいうように〈この13条は、憲法の存在理由である「人権の本質」を語った条文である。ある意味ではこの条文ひとつで、立憲主義の全てを語っている〉のであり、伊藤がいうように〈「個」を取ったということは、人を自立した個人ではなく、「人」という集団でとらえているということ〉だからだ。「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」への改変も、「公共の福祉」が「他人の人権を犯さない」の意味であるのに対し、「公益及び公の秩序」は「国家の都合」と解釈できる余地を残す。
 両性の平等を謳う二十四条には「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という現行憲法にはない条文が加わった。これまた看過できない改変である。〈憲法で家族の尊重をうたえば、国にとって都合のいい「あるべき家族の姿」が決められ、それ以外の生き方を選んだ人には有形無形の圧力がかかるようになるでしょう〉と伊藤真はあくまで生真面目に批判するが、小林節は〈憲法で「家庭を大事にする義務」を定められたなら、離婚や不倫は憲法違反になってしまう〉とあきれている。この草案を作った政治家たちは、離婚も不倫も絶対にしないのだろうか。そんなことはないだろう。ただひとつ言えることは、「憲法とは何か」を理解していない者たちが書いた草案だということだ〉。  こんな欠陥憲法草案を安倍自民党は本気で通したいのだろうか。七月末、麻生太郎副総理は「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね。わーわー騒がないで」と発言して大ヒンシュクを買ったが、歴史的な事実誤認を除けば、この判断は間違っていない。中身がバレたら、さすがにギョッとする人が増えるはずだからだ。わーわー騒がず、そーっと変える。つまり「ある日気づいたら変わっていた」という形にする以外、この草案を通す術はないだろう。
(略)

 自民党案通り、自衛隊が国防軍に変わり、日本が事実上「戦争ができる国」になったらどうなるか。ハードルが一気に上がり、自衛隊(国防軍)の入隊者は減るだろう。結果的に失業者や貧困層などの「社会的弱者」がスカウトされて、戦場で命を落とす、あるいは「壊れる」可能性が出てくる。米国がすでにそうなっているではないか。〈たしかに軍隊は「国」を守ります。しかし、このときの国とは、国家という枠組みや政府という体制で会って、国民の命ではありません。軍隊が必ずしも国民の命を守る組織ではないことは、沖縄戦で十分に証明されています〉と伊藤はいう。
 九条を改正されたら、現実問題として、領土問題などでもめている中韓との戦争より、集団的自衛権の名の下で米国の戦争に付き合わされる可能性のほうが圧倒的に高いのだ。  ただでさえ、自公政権は生活保護や介護保険など社会保障の切り捨てをがんがん図っているのである。「家族は、互いに助け合わなければならない」という十三条も、離婚とか不倫ではなく、本当は「病人や老人の面倒は家族でみてね(国は社会保障から手を引くから)」という含意を読み取るべきなのだ。そんな国が国民の命を大切にするわけないでしょーが。  ともあれ、くだんの自民党改憲草案をすべての日本国民はマジで読んでみたほうがいい(自民党のHPに全文アップされている)。日本国憲法の三原則(国民主権・基本的人権の尊重・戦争放棄)がすべて踏みにじられていることに呆然としちゃうから。
 2013.10


『白熱講義!日本国憲法改正』小林節、ベスト新書、2013年
『憲法問題―なぜいま改憲なのか』伊藤真、PHP新書、2013年
『憲法改正の論点』西修、文春新書、2013年

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