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『断片的なものの社会学』

沖縄や被差別部落問題などを調査研究してきた社会学者が、Danpen_5それまでの自己の体験や、多様な立場の人たちへのインタビューを通じて考えたことなどをつづった一冊。
「普通」とは何か。「ほんとうにどうしていいかわからない」と呻吟しつつ紡がれた言葉は、いろいろなことを考えさせてくれた。読んでみてよかった作品。

『断片的なものの社会学』
岸政彦 著
朝日出版社 刊
2015年6月 初版1刷発行

★岸政彦『断片的なものの社会学』特設ページ…ココ!


以下、極にゃみ的抜粋

「物語の外から」 から
P61
 私たちの自己や世界は、物語を語るだけでなく、物語によってつくられる。そうした物語はとつぜん中断され、引き裂かれることがある。また、物語は、ときにそれ自体が破綻し、他の物語と葛藤し、矛盾をひきおこす。
 物語は、「絶対に外せない眼鏡」のようなもので、私たちはそうした物語から自由になり、自己や世界とそのままの姿で向き合うことはできない。しかし、それらが中断され、引き裂かれ、矛盾をきたすときに、物語の外側にある「なにか」が、かすかにこちらを覗き込んでいるのかもしれない。



「出ていくことと帰ること」 から
P83
 つい先日、ある街で、シングルマザーのキャバ嬢と知り合うことができた。

(略)
 彼女はいま、まず高卒資格を取得するために、夜間高校に通いながら、シングルマザーや「夜の仕事」をする女性たちを支援する活動をしている。
 彼女にとっては、夜の仕事が外へ開いた窓になった。
 夜の仕事がいいとか悪いとか、そういうことはいろいろ議論もあるだろうが、窓というものはそこらじゅうにあるのだなと思った。あるときは本が窓になったり、人が窓になったりする。音楽というものも、多くの人びとにとって、そうだろう。それは時に、思いもしなかった場所へ、なかば強引に私たちを連れ去っていく。



「普通であることへの意思」 から
P169
 マイノリティとか少数者とか当事者とか、言い方はいろいろあるが、多くのそういう方にお会いして、何度も聞き取りをしてきた。そういう存在について考えるということは、少数派である人びとについてだけではなく、むしろ、多数者、一般市民、あるいは「普通の人びと」について考えるということでもある。
 私はおおまかにいって、そういうことについていろいろ取材をしたり考えたりしてきたのだが、これもありふれた言い方になってしまうのだけれども、やっぱり「普通」というものはどこにも存在しないんだな、と思うようになった。
 ただこれは、よく言われるように、「一見すると普通にみえる人びとにもさまざまな事情や状況があり、そういう意味ではその人びとも普通などではなく、それぞれに特別な存在である」というだけではない。それはそれで真実ではあるが。
 多数者とは何か、一般市民とは何かということを考えていて、いつも思うのは、それが「大きな構造のなかで、その存在を指し示せない/指し示されないようになっている」ということである。
 マイノリティは、「在日コリアン」「沖縄人」「障害者」「ゲイ」であると、いつも指差され、ラベルを貼られ、名指しをされる。しかしマジョリティは、同じように「日本人」「ナイチャー」「健常者」「ヘテロ」であると指差され、ラベルを貼られ、名指しをされることはない。だから、「在日コリアン」の対義語としては、便宜的に「日本人」が持ってこられるけれども、そもそもこの二つは同じ平面に並んで存在しているのではない。一方には色がついている。これに対し、他方に異なる色がついているのではない。こちらには、そもそも「色というものがない」のだ。

 一方に「在日コリアンという経験」があり、他方に「日本人という経験」があるのではない。一方に「在日コリアンという経験」があり、そして他方に、「そもそも民族というものについて何も経験せず、それについて考えることもない」人びとがいるのである。
 そして、このことこそ、「普通である」ということなのだ。それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである。



「祝祭とためらい」 より
P184
 私は、在日や部落や沖縄の人びとに対して、あるいは女性や障害者に対して、はっきりとマジョリティの立場に立っている。しかし、そうした存在についてよく知りたいと、ささやかではあるが勉強してきたし、仕事やプライベートで、そういう人びととのつながりも次第に増えてきた。  だが、根本的なところで、やはり私はマジョリティでしかない。

 学生たちにそういう問題を教えるときにいつも、どうしたらいいだろうと考える。私は、基本的には、マジョリティの学生たちにも、こうした問題について知ってほしいし、できればそうした立場にいる人びとと直接出会ってほしい。しかし、そうした出会いは、ときとして暴力にもなりうる。
 授業で鶴橋や釜ヶ崎に学生を連れていく
 (略)
 いろいろと気を使ったつもりだったが、やはり時には、路上で酔っぱらったおっちゃんからヤジが飛ぶこともある。そのときもそういうことがあり、ほとんどの学生は理解してくれたが、ひとりだけ、釜ヶ崎に対して「怖い」というイメージを持ってしまった。なんとか説明して、路上で生きるおっちゃんたちのしんどさを、わかってもらったとは思うが、それにしても、ほんとうにこういうときどうしていいのかわからない。
 女子学生からみれば、いかに路上生活者であっても、それは「おじさん」であり、「怖い男性」である。そういう存在に対して、距離を置いてしまうことは、それはそれでほんとうに理解できることだ。しかしまた同時に、「見に来られた」おっちゃんのほうも、つらかっただろうと思う。わしらは見せもんとちゃうで、と、言えれば言いたかったに違いない。(略)
 壁を超えることが、いろいろな意味で暴力になりうることを、私はもっと真剣に考えるべきだった。しかしまた、壁を越えなければ、あの女子学生もふくめて、私たちは、私たちを守る壁の外側で暮らす人びとと、永遠に出会わないまま生きていくことになってしまう。ほんとうに、いまだにどうしていいかわからない。
 私たちマジョリティは、「国家」をはじめとした、さまざまな防壁によって守られているために、壁について考える必要がない。壁が目に見えなくなるほど壁によって庇護されている
(略)
 そんな、壁によって守られ、「個人」として生きることが可能になっている私たちの心は、壁の外の他者に対するいわれのない恐怖によって支配されている。確実に、私たちの心の奥底には、他者に対する怯えがある。そして、この不安や恐怖や怯えは、きわめて容易く、他者にたいする攻撃へと変わる。

 だから、この社会にどうしても必要なのは、他者と出会うことの喜びを分かち合うことである。こう書くと、いかにもきれいごとで、どうしようもなく青臭いと思われるかもしれない。しかし私たちの社会は、すでにそうした冷笑的な態度が何も意味を持たないような、そうしているうちに手遅れになってしまうような、そんなところにまできている。異なる存在とともに生きることの、そのままの価値を素朴に肯定することが、どうしても必要な状況なのである。
 しかし、また同時に、私たちは「他者であること」に対して、そこを土足で荒らすことなく、一歩手前でふみとどまり、立ちすくむ感受性も、どうしても必要なのだ。


「あとがき」 から
 いま、世界から、どんどん寛容さや多様性が失われています。私たちの社会も、ますます排他的に、狭量に、息苦しいものになっています。この社会は、失敗や、不幸や、ひとと違うことを許さない社会です。私たちは失敗することもできませんし、不幸でいることも許されません。いつも前向きに、自分ひとりの力で、誰にも頼らずに生きていくことを迫られています。
 私たちは無理強いされたわずかな選択肢から何かを選んだというだけで、自分でそれを選んだのだから自分で責任を取りなさい、と言われます。これはとてもしんどい社会だと思います。

(略)
 そもそも、私たちは、本来的にとても孤独な存在です。言葉にすると当たり前すぎるのですが、それでも私にとっては小さいころからの大きな謎なのですが、私たちは、これだけ多くのひとにかこまれて暮らしているのに、脳のなかでは誰もがひとりきりなのです。
 ひとつは、私たちは生まれつきとても孤独だということ。もうひとつは、だからこそもうすこし面と向かって話をしてもよいのではないか、ということ。こんなことをゆっくり考えているうちに、この本ができました。
 (略)

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