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『累犯障害者-獄の中の不条理』

獄窓記』で刑務所での日々を綴った著者が、獄中での体験から、Ruihan_goku「受刑者の中の障害者」の問題に着目。出所後にさまざまな事例を取材し、マスコミが書かない隠された事実を明らかにした一冊。
知的障害やろうあ者などの“累犯障害者”の実態は、これまで報道もほとんどされてこなかった領域。
驚きを禁じ得ない内容がたくさん書かれている。けれど、知らずに済むということではない。出会ってよかったと思える一冊。ぜひご一読を。

『累犯障害者-獄の中の不条理』
山本譲司 著
新潮社 刊
2006年9月 初版発行


各章のタイトルだけでも、見てみてほしい。
福祉が、社会のセーフティネットが機能していない現実がよくわかる。障害を持った人々を手厚く支えるのではなく、食いものにしている世の中の実態。それらは、“この社会に存在しないもの”のように隠されているけれど、あの世間を震撼させた相模原事件も、根は同じなのではないかと思う。

序章 安住の地は刑務所だった  下関駅放火事件
第1章 レッサーパンダ帽の男  浅草・女子短大生刺殺事件
第2章 障害を食い物にする人々  宇都宮・誤認逮捕事件
第3章 生きがいはセックス  売春する知的障害者女性たち
第4章 閉鎖社会の犯罪  浜松・ろうあ者不倫殺人事件
第5章 ろうあ者暴力団  「仲間」を狙いうちする障害者たち
終章 行き着く先はどこに  福祉・刑務所・裁判所の問題点

11月24日神戸新聞の記事。障害者のことではないが、再犯者率は高い。
↓↓
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「反省は一人でも出来るが更生は一人ではできない」

本書より少し抜粋してみる。

序章 から
P10
 ある日、満期出所を目前にした受刑者の一人が言った。
「山本さん、俺たち障害者はね、生まれたときから罰を受けているようなもんなんだよ。だから罰を受ける場所は、どこだっていいんだ。どうせ帰る場所もないし……。また刑務所の中で過ごしたっていいや」
 再犯をほのめかしているとも受け取られる発言だ。さらに、「俺ね、これまで生きてきたなかで、ここが一番暮らしやすかったと思っているんだよ」と真顔で語る。
 自由も尊厳もない刑務所のほうが暮らしやすいとは、塀の外の暮らしは、障害者にとってそんなにも過酷なものなのか――。私は、彼の言葉に胸をえぐられるような衝撃を受け、同時に、「議員活動のなかで、福祉の問題に関しては自分なりに一生懸命に取り組んでいた」と考えていた自分自身が情けなくなってきた。
P13
 法務省が毎年発行している『矯正統計年報』に、「新受刑者の知能指数」という項目がある。最新の統計結果、2004年の数字で例示すると、新受刑者3万2090名のうち7172名(全体の約22%)が知能指数69以下の受刑者ということになる。測定不能者も1687名おり、これを加えると、実に3割弱の受刑者が知的障害者として認定されるレベルの人たちなのだ。


第1章 から
P16
「刑務所に戻りたかったんだったら、火をつけるんじゃなくて、喰い逃げとか泥棒とか、ほかにもあるでしょう」
 そう私が訊ねると、福田被告は、急に背筋を伸ばし、顔の前で右手を左右に振りながら答える。
「だめだめ、喰い逃げとか泥棒とか、そんな悪いことできん」
 本気でそう言っているようだ。やはり、常識の尺度が違うのか。さらに質問してみる。
「じゃー、放火は悪いことじゃないんですか」
「悪いこと」
 即座に、答えが返ってきた。当然、悪いという認識はあるようだ。
「でも、火をつけると、刑務所に戻れるけん」
 そう付け加える福田被告。頭の中に、「放火イコール刑務所」ということが刷り込まれているようだ。もし最初の懲役刑が別の犯罪だとしたら、その場合は、それと同じ犯罪を延々と繰り返していたかもしれない。


第2章 から
P62
「おいお前、ちゃんとみんなの言うことをきかないと、そのうち、刑務所にぶち込まれるぞ」
 そう言われた障害者が、真剣な表情で答える。
「俺、刑務所なんて絶対に嫌だ。この施設に置いといてくれ」
 悲しいかな、これは刑務所内における受刑者同士の会話である。
 かくの如く、私が獄中で出会った受刑者のなかには、いま自分がどこにいて何をしているのかすら全く理解していない障害者がいた。さらには、言葉によるコミュニケーションがほとんどできない、重度の知的障害者もいる。

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