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『夕凪の街 桜の国』

この世界の片隅に』を観たいなと思いつつ、当面劇場へは行けそうにもYunagi_sakuraないので、同じ作者の別の作品を読んでみた。
昭和30年。広島に原爆が落とされてから10年後、まだ“原爆スラム”があって、「原水爆禁止世界大会」が開催された頃が舞台。原爆で父と妹を喪い、三か月後に生き残った姉も亡くなった。“別の生き物のようにまん丸く膨れた”状態になり、ひと月ほども目が開かなかった母は病気がちながらも生き延びたが…

『夕凪の街 桜の国』
こうの 史代 著
2004年10月 初版発行
双葉社 刊

★こうの史代先生『この世界の片隅に』インタビュー…ココ!

扉の手前の口絵に
広島のある日本のあるこの世界を
愛するすべての人へ


とある。

広島で原爆を体験したヒロインの、終戦から10年ほどが経過した第一話。
第一話のヒロインの弟の子どもたちが幼い時代の第二話。
その子どもたちが成長した頃の第三話。

第一話でヒロインが亡くなったあと。

このお話は
まだ終わりません。

何度夕凪が
終わっても
終わっていません。



P16
誰もあの事を言わない

いまだにわけが 
わからないのだ
わかっているのは「死ねばいい」と
誰かに思われたということ

思われたのに生き延びているということ



そしていちばん怖いのは
あれ以来
本当にそう思われても仕方のない
人間に自分がなってしまったことに

自分で時々
気づいてしまう
ことだ



P23
そっちではない

お前の住む
世界は
そっちでは
と誰かが
言っている



八月六日

水を下さい
助けて下さい
何人見殺しに
したかわからない

塀の下の級友に今助けを
呼んでくると言ってそれきり
戻れなかった

救護所には別の生物
のようにまん丸く膨れた
集団が黙って座っていた

そのひとりが母だった


(略)

七日には霞姉ちゃんと会えた

死体を平気でまたいで歩くようになっていた
時々踏んづけて灼けた皮膚がむけて滑った

地面が熱かった靴底が溶けてへばりついた


            わたしは
腐ってないおばさんを冷静に選んで
下駄を盗んで履く人間になっていた



あの橋を通ったのは八日のことだ
お父さんも見つからない妹の翠ちゃんも見つからない鼻がへんになりそうだ
川にぎっしり浮いた死体に霞姉ちゃんと瓦礫を投げつけた

なんどもなんども投げつけた


あれから十年



しあわせだと思うたび
美しいと思うたび

愛しかった都市のすべてを
人のすべてを思い出し

すべて失った日に
引きずり戻される

おまえの住む世界は ここではないと
誰かの声がする



P33

痛い


のどをまた
生ぬるいかたまりが
通ってくる

もうただの血ではなくて
内臓の破片だと思う
うでは便器を持つのが
精一杯

髪も抜けとるのかも知れんが
触って確かめる気力もない
あしたにしよう………………………あした………




嬉しい?



十年経ったけど

原爆を落とした人はわたしを見て
「やった!またひとり殺せた」と
ちゃんと思うてくれとる?



ひどいなあ




てっきりわたしは
死なずにすんだ人
かと思ったのに


ああ 風…

夕凪が終わっ たんかねえ



桜の国(二)から
Dsc_4500
Dsc_4501
「原爆スラム」があった川べり。左が当時、右がその後。

【関連するエントリ】
観光コースでない広島 ―被害と加害の歴史の現場を歩く
ガタロ 捨てられしものを描き続けて

一度ゆっくり、原爆のことを知るための広島旅、に行ってみたい。

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