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『木を植えた男』

先日来、ミナトに来た樹のこととか、『大きな木の根っこ (根っこのえほん)』とか、Asunaro_kiwoここんとこなんだか樹木にまつわるネタが多いのだけど…
 例の、富山県氷見市からメリケンパークに連れて来られた、樹齢150年と言われているアスナロさんを巡るtweetの中で、この本の存在を知った(カモ鳥さんありがとう)。

帯から、
「フランスの山岳地帯にただ一人とどまり、荒れはてた地を緑の森によみがえらせたエルゼアール・ブフィエの半生」という作品。

『木を植えた男』
原作 ジャン・ジオノ
絵 フレデリック・バック
2015年10月 「あすなろセレクション」にて復刊版発行
※初版はあすなろ書房 より1989年12月発行

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1913年、フランス・プロヴァンス地方の、巨大なアルプスの末端の山の辺を訪れたジャン・ジオノ。延々と連なる荒野には、見捨てられ、残骸をさらす村の痕跡は点在していても、水場がなくて、キャンプすらできなかった。
その荒れはてた地を逍遥しているときに、一人の羊飼いに出会った。
彼は、羊を追いながら、黙々とどんぐり(カシワの実)を植えていた。
その後、第一次世界大戦がはじまり、ジオノは軍隊に招集され、歩兵として戦場で5年間を過ごした。復員して、かつて歩いた荒野を訪ねてみると、人の背丈を超えるほどに成長したカシワの林が待っていた。
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樹を植えることで、干上がった小川にせせらぎが戻り、小さな牧草地や菜園や花畑がよみがえった。木々の恩恵で、荒れ果てた土地が豊かに生まれ変った。二十年の歳月を、黙々とよどみなく樹を植え続けた男の物語。

かつて、樹を伐り尽くしたことによって滅びた文明はいくつもあった。人は、豊かな自然環境の恩恵によって生かされている。そのことを忘れて、自然をないがしろにすると、いずれ手ひどいしっぺ返しを食らう。
人間は、動物や植物の命をいただいて自らの暮らしをまかなっていくしかない。文明を飛躍的に発展させた、石油だって植物の遺骸からできているもの。人間が無から作り出せるものなど何一つない。生きとし生けるものへの感謝と、リスペクトを忘れてはいけない。

#世界一のクリスマスツリー を巡って、改めて考えさせられたこと。

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コメント

森林の伐採で森を守っているのかと思ったら、木を切ったあとには
ただきれいだし、きれいだと人がくるからと言う理由で
もみじを植えると言う話を聞いた
ブラジルも焼き畑をした後に、その地にあった木を植えられないらしい。なんでも、利権がからんでいて、どこか別の大陸の木を植えるなら、安くて奨励金みたいなのもあるとか・・・
どこの国も、考えていることが浅はかとしかいいようがない。

この本も随分と長寿の本ですね
いいものはいい
分かる人には分かるってことですかね。

投稿: あんじぇり | 2017年11月29日 (水) 19:25

そうですね、いろいろと残念なことが多いですよね。
先日、滋賀県の山を歩いた時も、
自然林(二次林かもしれないけど)には黄色く黄葉する木々が多く、お寺の周りだけ、鮮やかな紅葉が見られました。
人為的な改変があちこちに。

人為にも、いいものと、よくないものが混在しているでしょうけれど、あまりに元の植生と異なる樹種を植えたりするのはよくない気がします。

自生種がそこにあるには、それなりの合理的な理由があるわけで。外来種をすべて排除すべきとは思わないけど、もともとなかったものを移入することによって生じる影響は、すぐにはわからないかもしれないし、分かった段階で手遅れかもしれないし。

投稿: にゃみ。 | 2017年11月29日 (水) 23:12

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