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『〔白川静の絵本〕サイのものがたり』

フクモナのマルシェ「福市」で書家・中川麻希子さんの作品展を見た。
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ワークショップに参加して、古代文字と消しゴムはんこのカードを作った。
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左下がにゃみ作品。右は作家のポストカードと、上は作家が即興で書いてくれた「山」。鳥が添えられているので、「島」でもある。

以前からフクモナで何度かお会いして、書道や古代文字のことなどを聞く機会があった。それで、漢字の成り立ちなどに興味を覚えて、読んでみた本がコチラ。

『〔白川静の絵本〕サイのものがたり』
白川 静 著
金子 都美絵 編・画
平凡社 刊
2016年10月 初版発行
Sai_kaneko漢字研究の第一人者で、漢字の成り立ちを解説した字源辞典「字統」、日本語と漢字の関りを解説する「字訓」など多くの著作で知られている白川静先生の文章から、画工・金子都美絵(かねこ・つみえ)氏が、「サイ」の字に関する部分を抜粋し、挿絵を添えて絵本の体裁に仕上げた、端正な一冊。

漢字の成り立ち、そもそものルーツのあたりの解説が主。
「口(くち)」という漢字のパーツは、そもそも「サイ」というものであり、それは祝詞を入れる器のこと、であるという説から解説されている。

例によって、極にゃみ的抜粋を少し。

序章 はじめに ―「サイ」について

 従来、「口」の形と考えられていたサイ形のものは、実は神に祈り、誓うときの祝詞(古くは載書という)を入れる器の形である。これは甲骨文、金文にみえるサイ形を含む全資料の綿密な検討から導き出されたことである。
 (白川静『文字逍遥』/『漢字暦二〇〇五』)

ことばには、空間も時間もない。
しかしすべて、
神聖なものは永遠に存するものでなければならない。

ことばは文字として
形象化することによって、
それははじめて
その空間をもち、
また持続するものとなる。

文字が作られた契機のうち、
もっとも重要なことは、
ことばのもつ呪的な機能を、
そこに定着し永久化するということであった。
ことばとしての呪言は、
時間のなかにあることもできず、
また空間を支配することもできない。
しかしそれを文字に表記し、
書きとどめておくことによって、
その呪能は断絶することなく、
また所在の空間を支配することができる。

文字は、
ことばの器として生まれた。
「ことば」は、古くは「こと」といわれた。
「こと」とは殊であり、異である。
全体を意味する「もの」に対して、
それは特殊なもの、個別を意味する。
存在するものが、それぞれの個別性、
具体性においてあらわれるとき、
それは「こと」であり、「ことば」であった。

中国では、言と語とを連ねて言語という。
言はいわば攻撃的なことば、
語はこれに対する防御的なことばである。

わが国では「こと」は
「ことだま」をもつとされたが、言語はそういう
言霊のたたかいを意味するものであった。
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ちなみに、コレが「サイ」。Dsc00869

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