物議をかもしている「世界一のクリスマスツリー」
昨日、ご用が終わった後、物議をかもしてるアノの木を見ていくことに。
11月17日に来たときは明るい時間帯だったので、ライトアップも見ておこうと。これに関しては、大好きな作家の有川浩さんも意見をお書きになり、産経westに掲載された。
★(元記事)神戸「世界一のクリスマスツリー」について個人的に思うこと・・・ココ!
★続・神戸「世界一のクリスマスツリー」について個人的に思うこと(12/23) …ココ!
★なぜ神戸に半殺しの生木を吊してはいけないのか…ココ!(大阪芸術大学 純丘曜彰教授)
「半殺しの吊るされた生木」。近くで見ると、ギプスみたいなのをはめられてて痛々しい。(掘り起こす作業のとき、台座の上に横たえたら重みで幹に亀裂が入ったらしい。台風のせいにしているけど、記録によると台風の日ではないらしい。コレも多くの嘘のひとつ)
明るいところで見るとけっこうみすぼらしいのだけど、ライトアップするとずいぶんごまかされるね。
ここにこれを見に来ている人たちは、どんな気持ちでこの木を見上げているのだろうか。深く傷ついている人たちがいることを知っているのだろうか。
そして、あとひと月足らずで、また1月17日がやってくる。
少なくとも私は、この木を見ると、痛ましい思いしか湧いてこない。
こんな形で、人々の神経を逆なでするようなやり方で、震災を、そして“鎮魂”を語ってはほしくないと思う。
プラントハンター氏の「鎮魂を口にする権利はある」という発言で、怒りを抑える気持ちが完全に消えた。それまでは、自分には関係ない、お祭り騒ぎに興味はない、と、突き放してみてたけれど。
有川さんがブログに書かれた、「鎮魂は権利ではありません。鎮魂は義務ではありません。」という言葉は、まさにその通りだと思う。権利とか義務とかという言葉で語るべきことではない。そんな言葉を使う人が、鎮魂の思いを心の中に持っているとは、とてもじゃないけど思えない。
直接知りもしない人のことを批判するのはよくないと思ってきたけど、これほど言葉を雑に扱い、誠意のかけらも感じることのできない発言を重ねていることに対して、怒りを抑えることができない。
神戸新聞夕刊一面のコラム「随想」で、元ラグビー日本代表で神戸親和女子大学准教授の平尾剛さんも、この件について思いを書いておられる。理知的な文章で、静かに、けれど強い怒りが込められている。ぜひご一読いただきたい。
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コメント
にゃみさん、こんばんは。
毎日楽しみに拝見しております。
私は山や海にどっぷり浸り、
自然無くしては生きられないことを
日々感じながら過ごしています。
そんな中であのツリー、ホンマにないです。
150年も生きてきた樹を、
私たち神戸の人の為に切るなんて。
しかもアクセサリー??
あの震災で犠牲になった方々が
望んでいるのでしょうか?
もっともっと生きたかった。
もっともっと一緒にいたかった。
あなたの代わりに私が犠牲になればよかった…
「言葉」
にゃみさんのブログは読んでいて
軽率さや皮肉さ、いやらしさがないなと思います。
読む人のことを思って大切に
言葉を書いてくださってるなと思います。
これからも、ブログ楽しみにしています。
六甲山ですれ違ったときには
今度こそ声かけますっ!
寒い日が続きますが
風邪などひかれませぬうよう。
良いお年を~~♪
投稿: kama | 2017年12月24日 (日) 00:02
コメントありがとうございます。
この件、経緯をずっと見てますが、
ホントにいろいろと憤りを感じます。
木を切ることそのものの是非はさておき、
あとでバラすことが確定しているのに
送り出した人たちには一言も言わずに送別の行事をやり、
こちら側では「植樹祭」を行い、それなのに
「うっかり言っちゃうと、記念品にするんです」…
その後の経緯もご存知の通り、誠意のかけらもないもので、
糸井氏の「批判する人は冷笑的」発言、
西畠氏の「いやなら見に来なければいい」発言で、
さすがに、私のようにうすぼんやり生きている人間ですら、
「怒るときには怒らなアカン。
その気持ちを表現しなアカン」と思いました。
読んでくださってありがとうございます。
どこかでお会いしたらぜひお声おかけください。
カキコミいただいてうれしいです。ありがとう。
投稿: にゃみ。 | 2017年12月24日 (日) 07:12