「四条派への道」@大谷美術館
西宮市大谷記念美術館の展覧会へ。
日本画「四条派への道 呉春を中心として」
~5月12日(日)
★西宮市大谷記念美術館
西宮市中浜町4-38
0798-33-0164
水曜休館(祝日の場合は開館し、翌日休館)
呉春は、本名を松村豊昌と言い(通称・文蔵)、京都で“金座”というお役目を持つ裕福な家に生まれた。旦那芸で画業を始め、大西酔月、与謝蕪村の弟子となって俳諧、南画(文人画)の世界へ。徘徊や画のほかにも、書、篆刻、謡曲、横笛、蹴鞠も堪能で、社交的で粋な「器用なるおのこ」であったらしい。スーパーセレブリティ?
嶋原の名妓“雛路”を身請けして妻としたが、事故で喪い、続いて父も亡くなり、出家剃髪。蕪村の勧めにより、蕪村門下の商人・川田田福を頼って「呉服(くれは)の里(現・池田市)」へ一時身を寄せた。ここで新春を迎えたことから「呉春」の号を名乗るように(これが池田の銘酒「呉春」の銘につながる)。俳号は「月渓」。
その後、天明の大火で焼き出されるという災難に遭うが、偶然にも避難先の寺で円山応挙と同居。無き師である蕪村とは対照的な作風の応挙の影響を受け、弟子入りしたいと申し出るも、応挙は「ただ共に学び、共に励むのみ」と、莫逆の友として遇した。以後、円山派風の作風に変わり、応挙の死後、京都画壇の中心的存在に。住まいのあった四条にちなんで「四条派」と呼ばれ、近代へ続く京都日本画壇の遠祖となった。
庭園では、シャガが満開、ツツジが咲き始め。ボタンはこれから。八重桜もきれいだった。
「四条派への道 呉春を中心として」
~5月12日(日) ※コチラも期限が迫ってます。
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