« 暑さがやわらいだ京都へ。 | トップページ | 9月21日の畑 »

六甲山専門学校「六甲山を愛した外国人たち」

六甲山専門学校9月度。前回は私がお話しましたが、今回は格調高く。
Dsc07083
神戸外国人居留地研究会の高木應光先生がゲストスピーカー。『神戸 スポーツはじめ物語』 などのご著書でも知られる。

Dsc07088
日本アルプスに初めて足跡を残した英国人登山家ウォルター・ウェストンも神戸に滞在したことがあるそう。(が、いろいろ謎があるらしい)
その「日本アルプス」の名付け親となったのが、W.ガウランド(ゴーランド:William Gowland )。大阪造幣寮の技師として来日し、日本で初めて西洋式の登山を行った。その「登山」とは、R.アトキンソン、E.サトウと3人パーティを組み、ピッケル・ナーゲルを用いて六甲山へ登ったというもの。
Dsc07091
六甲山の「ドーントリッジ」で知られるドーント。米石油会社の社員として来日し、神戸ゴルフ倶楽部でゴルフを楽しむために、六甲山に歩いて登った。「登りすぎ」とあるが、ゴルフや、日本アルプス登山のためのトレーニングとして、駕籠を使わず徒歩で登っており、多いときは3日に一度の頻度で登山をしていたらしい。ゴルフ場の近くに山荘を所有していて、お昼はそこで、ホテル顔負けのゴージャスなランチを楽しんでいたそうだ。
Kobe Herald発行『INAKA』 という登山誌の編集にも携わり、六甲山の存在を欧米世界に発信した。在留外国人の登山会「神戸カモシカクラブ(The Kobe Goat Mountain of Club)」 を創設したのもこの方。
Dsc07097
日本人も、明治43年には塚本永堯らが 「神戸草鞋会」 (神戸徒歩会)創設。会員が440名(うち180名が外国人)という盛況ぶりだったそう。女性の登山団体「日本婦人アルカウ会」の六甲登山も紹介された。
1924年には、藤木九三らが「RCC(ロッククライミングクラブ)」を設立、一般には「ロックガーデン」のネーミングは九三によるものとされてるが、じつは直木重一郎だったとか。
そのほか、毎日登山の発祥とされる善助茶屋に通っていたJ.Pワーレン、六甲開山の祖と言われるA.Hグルームのことも話題に。
グルームさんのゴルフ場では、キャディに地元の小学生を雇用していて、子どもなので「クラブは7本まで」という気まりがあったそう。現在も、10本までの制限がある。また、冬季は寒さが厳しいため閉鎖になるが、最後の日に「キャディ大会」という企画があり、主客転倒でキャディがゴルフを楽しんだそう。豪華なお弁当やおやつなども用意され、賞金もあったため、キャディたちは日頃から暇を見つけては練習をしていたらしい。
あれ?そう言えば、シェールさんのお話が一瞬出て、しれっとスルーされた気がするけど、なんだっけ…?

次回は11月15日。「ブナを植える会」の桑田結会長をお迎えします。

|

« 暑さがやわらいだ京都へ。 | トップページ | 9月21日の畑 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 暑さがやわらいだ京都へ。 | トップページ | 9月21日の畑 »