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神戸ルミナリエ2019

大倉山でちょっとノマドワークをし、ゼファーさんとこへちらっと立ち寄り、
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なんだか空いてそうな予感がしたので、コチラへ。日曜日までですよ。
神戸ルミナリエ

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「今年は空いてた」と言う人と、「激混みで花隈より西側まで回らされた」人の話を聞いて、要は日によって時間帯によってばらつきはあると。で、混みそうな金曜日の前日で、しかも早めの時間帯(19時頃)に来てみたら、案の定、わりと空いてた。とは言え、元町駅のすぐ南側から規制ゾーンで、生田筋の東側まで迂回はさせられるんだけど、人の密度がさほどでもなくて、すいすい隙間を進める感じ。なかなかの高速移動でメインエリアへ到達。

震災から25年。震災後に生まれた子どもたちがもう大人。震災を体験していない人たちがたくさんいる。四半世紀の時はそれなりに長くて、戦後が遠くなったときに、「戦争を知らない子供たち」がたくさんいることに戦争を体験した世代がいだいた思いと似たものがあるのかもしれないなぁと思うなど。

極にゃみ的には、家族も無事だったし、自宅は一部損壊ですんだし、さほど悲惨な目に遭ったわけではないけど、それでもあの時のことを思うと、何年もフラッシュバックが起きていたし、お身内を亡くされたり、大切なものを失ってしまわれた方々のことを思うと胸が締め付けられる。ルミナリエも、いろんな意見がある中、鎮魂の光であり、復興への祈りであり、あのとてつもない災禍を風化させないための行事だと思ってきた。

四半世紀たって、世間的には“歳末の恒例行事” “クリスマス前のお祭り”みたいな雰囲気があっても、まぁべつにええよな、と思うし、なんなら今年はこの光を見ながら、涙の一滴も出ないよなぁ、時の流れはすごいなぁと思いながら歩いていたけど…

雑踏を通り抜けて、いつもと変わらないエリアに戻ったときに、なぜかぐっとこみ上げてくるものがあって、やっぱり今年も泣いてしまった。本当につらい思いをされた方々は、一生忘れることなんかできないだろうと思う。

ルミナリエに関しては、賛否両論があるけれど、1月17日の鎮魂行事と違って、県外からの観光の方も含め、多くの人たちに震災を思い起こすきっかけをつくってくれるものだと思う。

毎年欠かさず来てる気がするのだけど、なぜかここ2年の日記がない。書いてないだけなのか来れなかったのか、もはやわからないのだが。




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