「ピンピンコロリ」と「“老い”の獲得」
元気なままある程度まで生きて、「ピンピンコロリ」とこの世を去るのが理想的、なんだろうけど、じつは人間以外?、ほとんどの生物が、わざわざ望まなくてもそうなんだとか。
シャケは産卵したらすぐ死んでしまうことが知られているけれど、ほとんどの生物は生殖を終えたら死ぬ。“老後”なんてものはない。
東京都知事だった石原慎太郎が、「最も悪しきものはババア」と発言したのは2001年。
生殖能力を失った女性が生きているのは、社会にとって無駄であり、罪だという意味の発言なんだけど(なんで女性だけ?)、本書によると、生物進化論的に、その考え方は間違っている。
シャチは、おばあちゃんをリーダーとしたメス中心の群れを作るそうだ。
おばあちゃんシャチがいる群れと、いない群れを比較すると、いる方が孫の生存率が高いとか。
シャチは長命な生き物で、メスの場合、40歳くらいまでが生殖期間、90歳くらいまで生きる。一方、群れを作らないオスは、概ね50歳くらいで死んでしまうらしい。
ほとんどの野生動物に「老い」はない。
生殖を終えても生命を保って長生きをするのは、哺乳類では人間とシャチぐらいなんだそう。
(人が飼っているペットが長生きするのは、人が保護しているから。野生だと、犬も猫も老いるまで生きてはいられない)
ある種の生物にとって「長生き」は有利な生存戦略であると考えられるそうだ。だから、進化の過程で「老いを獲得」した。
昔話で「姥捨て山」というのがある。
殿様の命令で「老人は役に立たないから山に捨てに行け」ということになったのだが、ある孝行息子は、どうしても母を捨てられず、ひそかにかくまっていた。その殿様が隣国から無理難題をふっかけられて困ったときに、老母が知恵を出して助け、「こんな知恵者がいる国にはとても勝てない」と侵攻をあきらめたという話。
で、生物進化論の世界には「おばあちゃん仮説」というのがあるらしい。(なぜおじいちゃんじゃないのか?)
年寄りは、たしかに生産能力では劣るし、危機が迫ったときに逃げ遅れて足手まといになるし、集団にとっては一見無駄なんだけど、年寄りを大事にする集団と、そうでない集団を比較すると、往々にして前者の方が厳しい自然界で生き延びる率が高かったのだとか。
年寄りの経験と知恵が、集団にとって有利な働きをするから、人類は「老いること」を獲得し、ここまで長寿になって繁栄できた。
役割があるからこそ、「長生き」を与えられているのである。(P71より引用)
うー…
役割なぁ…
生物として非常に弱くて、集団を形成しないと自然界で生きていけない人類にとって、経験と知恵は必須で重要なものだったようだ。
アフリカでは「老人が一人死ぬということは、図書館が一つなくなるようなものだ」と言われているそう。
図書館並みの知恵はとてもないけれど、老後を善く生きるためには、利他的にふるまうことができる、善き老人を目指さねば… とは思う。
少しはヨノナカのお役に立たないと、クソジジイから「最も悪しきもの」とか言われちゃうしな。
あ、参sei党が『50代以上は生きてる意味ない』って発言してるけど、ちゃんとお勉強してくださいよ。つか、50歳以上でアレを支持してるヒト、どーすんの?
| 固定リンク



コメント